勇ましいタイトルやねぇ。もっと映画のタイトル考えられんかったんかいな。「アメリカ合衆国と闘った黒人女性」そんなイメージを観る人に焼き付けてほしかったんでしょうが、そんな映画には思えんかったんやけどねぇ。内容は壮絶です。ものすごい女性の一生です。44歳で死去、彼女自身にも問題はなかっとは言えません。麻薬と言うのが彼女にはついて回りました。そして男運の悪さも...。
今、中国北京でオリンピックが行われております。これを書き終わるころもうすぐ閉会式です。もう無茶苦茶な大会でした。こんな共産主義国家、専制国家で「世界最高峰」の大会をやったらいかん!と言うことが証明されたと思います。ジェノサイト...こんな言葉が今、世界各国で飛び交っています。人権弾圧、人種差別...この大会ではそれだけではありません。不正が飛び交い、不可解判定が横行し、若者の体を蝕むドーピングが公然と行われる。そのドーピングを行っているのがやはり共産主義国家、専制国家。
が、ここではそれは横に置いといて、このスポーツ界「世界最高峰」の大会であるはずのオリンピックが平然とこの反社会国家である中華人民共和国において行われている大きな矛盾を感じながらも、世界が非難するこの国の人権弾圧が、それを先方となって非難しているアメリカ合衆国において約80年前に行われていたという事実もまた見過ごすことはできません。
「ザ・ユナイテッド・ステイツ VS ビリー・ホリディ」。アメリカ合衆国と闘った女性、ビリーホリディ。だれもがその名は一度や二度は聞いたことがあるはずです。
1947年ビリーホリディは人気の絶頂にいた。公民権運動が産声を上げ始めたころ、当時ではまだ珍しい白人と黒人が同席できるクラブ、ニューヨークの〝カフェ・ソサエティ〟で彼女の歌声は毎夜満員の客席を魅了し続けていた。だが彼女の人気を快く思わない政府の人間がいる。連邦麻薬捜査局の長官アンスリンガーはなんとかビリーを追い込み、観衆の前から遠ざけようとした。特に彼女の歌う「奇妙な果実」は観衆から絶大な人気を誇っていたが黒人の暴動を扇動する曲だとして、夫のモンローやマネージャーに圧力をかけ徹底的に歌うことを禁じた。
「南部には奇妙な実がなる、
葉は血に濡れ赤い血が根に滴っている、
南部の風に揺れる黒い肉体、
ポプラの木々からぶら下がる奇妙な果実、
雄大で美しい南部の風景、飛び出した眼、歪んだ口.....」
リンチの果てに吊るされた黒人たちの姿を歌った詩である。アンスリンガーは一計を案じ、麻薬常習者の彼女を違法薬物所持で引っ張ろうとし、黒人捜査官ジミーフレッチャーをビリーの大ファンだと称して、彼女に近づけさせた。案の定、ジミーは麻薬所持の現場を押さえビリーホリディを逮捕する。裁判の結果、ビリーに1年の実刑判決が下る。服役中、夫と離婚しマネージャーも離れたビリーであったが服役後も彼女の人気は衰えなかった。新しいマネージャーがカーネギーホールでのコンサートを企画し満員盛況。新しい再スタートを切れたかに思えた。だが、アンスリンガーは追及の手を緩めなかった。当局はビリーに労働許可証を下ろさなかったのである。ニューヨークでは歌えない...そんな八方塞の彼女にクラブの黒人オーナー、ジョンレヴィが近づく。レヴィは闇の組織ともつながりが深く、警察にも顔が利く言わばギャング同然の男だった。彼女の選択肢は一つしかなかった。ニューヨークで歌うには彼と組むしかなかった。レヴィの妻に収まったものの彼女の待遇は奴隷に等しかった。レヴィはビリーに殆ど給料を払わず、逆らえば暴力を振るう。そんな彼女をさらにアンスリンガーが追い詰める。レヴィを抱き込みビリーを再び裁判にかけ再起不能に追い込もうとしていた。だがその時、絶体絶命の彼女を救ったのはジミーフレッチャーだったのである。彼は裁判で彼女を擁護する発言をし無罪に導いた。
罪を逃れた彼女はバンドの仲間たちとツアーに出た。ジミーもそれに同行する。南部へのツアーの途中、立ち寄った農家でビリーは異様な雰囲気を感じ取る。それはリンチの挙句、家を焼かれ、木に吊るされた黒人の姿、足元で子供たちが泣き叫び、そばには大きな十字架が立てられ炎々と炎に包まれていた。白人至上主義団体の仕業...。その場で突っ伏したビリーは号泣する。
白人至上主義団体、そしてその後ろで大きく立ちはざかるアメリカ合衆国政府の影。ビリーはそれに立ち向かうようにツアーで「奇妙な果実」を続ける。だがその時すでに彼女の体は長年の薬と酒で蝕まれていた...。
しかし...「奇妙な果実」、とんでもない歌ですよね。このビリーホリディが生きた時代からさらに80年以上も前にリンカーンが「奴隷解放宣言」をしています。確かに「自由の国」アメリカは素晴らしい国だと思います。民主主義の先駆国家だと思います。だけどやっぱり闇があります。「白人至上主義団体」ってKKK(クー・クラックス・クラン)ですよね。恐ろしいことに現在でもまだこの団体はアメリカ合衆国に存在します。さすがにこの時代のようにしょっちゅうこう言うことは行えなくはなっていると思いますが...。
ビリーホリディの生い立ちは悲惨なものです。売春宿を経営する母のもとで育ち、未成年のうちに彼女自身も客を取らされたそうです。彼女が差別を受けているのは黒人だからと言うだけではありません。黒人であると同時に女性であるから...。黒人であるはずの彼女の夫たちは代わる代わる彼女を殴りつけ、蹴り上げます。その様もこの作品は描きます。黒人であり、女性である。アメリカでは、いや世界では一番の弱者とされていると言うことです。この時代からさらに80年、やはり時代は変わったと思います。Me Too だのなんだのと言えないですもんねぇこの時代は。確かにすべて差別が排除されたとは言いません。この日本でもごくわずかでもあることは確かです。でも左寄りの方々が騒ぎ立てるほどのものは無くなりつつあると思います。左の方々の信念は「差別をなくそう」ではなくて「打倒民主主義」ですからね。彼らの言う「人種差別」は彼らにとって「ネタ」でしかありません。その証拠にこんな腐敗しきった北京のオリンピックを褒めたたえ、その国で行われている漢民族のウイグル人、チベット人、モンゴル人、果ては朝鮮民族に対する行為は差別どころではなくジェノサイト=民族浄化。要するにこの世からその民族を抹殺しようとする行為なんやから...。
あらら、またまた話が飛んじゃいましたがこのビリーホリディが生きた時代、わずか一世紀にも満たない時代にはアメリカでも今の中国と同様なことが行われていたというショックは隠せません。けどアメリカの素晴らしいところは自らの恥部でさえ画像にして、物語にして世界中の人々の前にさらけ出せると言うこと。中国やロシアじゃ絶対無理。勿論、言うまでもなく北朝鮮でもね。だから我々は民主主義を邁進させて行かなければならないと思います。