最終面に姜尚中さんが出ている。
姜さんと言えば、最近のベストセラー
「悩む力」の著者だ。
キーワードは「漱石」、「悩む」であり、
どちらも引っかかっていたため、
本もほぼ出版直後に買って読んだ。
それだけでなく、この本の元となった
NHK 「知るを楽しむ」のこのときの
テキストも買い、DVDにも録画した。
あまりよく見てないため、
十分な把握しているとは言えないのだが。
さて、今日は「悩む」について書く。
まず、「考える」と比較してみる。
個人的なイメージであるが、
「考える」は何らかの結論を出すこと、
一方、「悩む」は結論が出ないこと、
出せないことを思うこと。
しかも、「悩む」は、くよくよするというか、
暗いイメージが付きまとう。
だから「考えている」つもりでも、
結果的には「悩んでいる」
だけの場合もある。
仕事においては、
要する時間はともかく、
何らかのアウトプットが必要なため、
「考える」ことは許されても、
「悩む」ことは許されない。
「分からない」ならば「分からない」と
表明しなければならない。
以前に仕事で「お前は悩んでいるだけだ」
のようなことを言われたことがある。
「悩む」に良いイメージはない。
ちなみに大辞泉(Yahoo!の辞書)によると、
「悩む」の意味は、
「決めかねたり解決の方法が
見いだせなかったりして、
心を痛める。思いわずらう。」
「考える」の意味は、
「知識や経験などに基づいて、
筋道を立てて頭を働かせる。
判断する。結論を導き出す。」
そこで悩んだら(姜さんもどこかで
言われていたような気がするが)、
最後は「開き直る」しかない。
そうでなければ、結論が出ないことを承知で、
一生、悩み続けるしかない。
精神安定上、良くないが。
あるときには、考え・悩みぬいた上での、
開き直りも必要だろう。
さて、この記事の冒頭にもあるように、
「ろくに悩まずに短絡的な行動に走る人が
増えていないか。」には同感だ。
とにかく「短絡的な行動に走る」奴は多い。
何も考えていないとしか見えない奴、
傍若無人な奴、どうしようもない奴、
がのさばっている。
もっと過激に言うと、
存在価値の全くない奴、
いなくなった方がいい奴が
のさばっている。
次回は漱石について。