1254.08.15.造   建長六年甲寅八月十五日造

奈良県宇陀市榛原山部三319

石英安山岩製

 撮影したころは、地蔵山の北麓の旧道沿いに見学できたが、室生ダムが出来て、水量が多い時期は水没して、乾期以外には見学できなくなった。

 上部を土砂に埋もれた露出岩壁の基部に、舟形光背型龕を深く彫り込み、線刻頭光を負う、右手錫杖、左掌宝珠の地蔵菩薩立像を半肉彫りする。

像高;約134.0

龕高;184.0

 足元は、破損している。頭部、体部共に厚肉彫にして重厚感があるが、体部の前面はやや平板に加工し、衣文線は、単純な線刻、或いはそれに近い表現が多く用いられ、線刻の首飾りや三道、両手先も厚みを持つが平板になり、全体に立体的な抑揚に乏しく見える。錫杖上部飾りも輪郭を平面に作り線刻だけで表す。『大和の石佛観賞』には、像の脇に六体の小さい地蔵像を墨書するとあるが、痕跡らしきものはあるが、肉眼では判別が難しい状態だった。

龕外の両脇、中央部分から下方にかけて、線刻像がある。道服の十王像の内の2体である。粒子の粗い岩面の線刻像のため、像容の詳細は、肉眼で十分把握ができない。

龕外、左側十王線刻像の上に2行の刻字がある。

「建長六年甲寅」

「八月十五日造」

刻字は、水没前のこの時期までは肉眼でも十分読み取れるほど残っていた。

 

1972.頃撮影

 

参考文献;『大和の石佛観賞』(太田古朴著 綜芸舎 S.41.11.20.)

     『日本石造美術辞典』(川勝政太郎著 東京堂出版 S.53.08.10)