建治三年頃 1277
奈良県天理市柳本町 専行院
花崗岩製
石高;60.0センチ
下部幅;49 上部幅;50 下部厚;17.0 上部厚;17.0
像高;37.0 膝張;29.0 龕高;45.0
古墳の石棺材を割って使用する。舟形光背型龕を彫り込み、中に右手を胸前に上げ、左掌上に宝珠を持つ、胴の長い比丘形の地蔵菩薩坐像を半肉彫りと線刻を交えて彫刻する。『石仏山の辺』には、「…錫杖も曖昧である。」とする。目視では、かすかに錫杖らしき彫刻があるようにも見えるが、曖昧であり確認できなかった。蓮座と右足を含む膝までを線刻、その上は半肉彫りする。彫刻手法、像容が近似する旧柳本墓地所在(現太閤閣、大阪市)石仏に建治三年銘があり、それにより同一石工製と考えられる石仏を建治三年型とされている(註1)。坐像、立像共に像高は変えないので、坐像は胴長、立像は胴が短くなる。建治二年型石仏は、凝灰岩製。建治三年型石仏は、硬質の花崗岩製を用いて制作されている。
1971.11.03.モノクロ、測量
2024.03.05.撮影
(註1)『石仏 山の辺』(大多古朴著、清水俊明撮影 綜芸舎 S.45.1.10)





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