鎌倉時代後期から南北朝時代
京都府右京区梅ケ畑高尾町神護寺文覚廟
花崗岩製
文覚廟と並んだ基壇上に建っている。檀は新しい玉垣で囲まれている。
塔高;116センチ *玉垣内に入れないため「日本佛塔」より引用
文覚塔を元にして作られているようだが、それより成形がかなりゆがんでいて、全体に時代の降下がうかがえる。火輪の軒が破損しており時代の判別はかなり難しい。
「日本佛塔」には性仁親王の没年から、嘉元二年八月十日ころのものとされている。しかしもう少し降るもののように思える。
1971.頃撮影、測量
参考文献;『日本佛塔』(石田茂作著 講談社 S.44.03.20.)



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