外に向けていた意識を自分に戻し、
100%自分に一致して、
ほんとの自分を、
自分の感性を表現して生きていいんだ。
今までそれができるのは、
『芸術』と呼んで、
絵を描いているときとか、
何かを表現する時とか、
特別な時だけのように分けてきたけど、
生き方そのものが、
そうなってもいいんだな。
生き方がアートになる。
そして、それがこれからの生き方になる。
昔のアーティストで、
ゴッホとかゴーギャンとか、
偉大な芸術家と呼ばれていた人たちは、
もしかして、
絵を描くときだけそれを許し、
日常のなかでは、
やはりまわりに意識がいき、
そのギャップが大きくて、
精神的なバランスがとれなくなって、
孤独になり、
自分を追い詰めていったところがあったのではないか。
アンフィニ 目をさました生き方 関野あやこ(著) P.155~156 を抜粋
ハートフルフィーリングマイラブ☆435☆
....................................................................................................................................................................................................
生き方がアートになる・・・ロックだね~。芸術つながりで、こんな言葉もあるんです・・・。
....................................................................................................................................................................................................
人の承認を得るために生きるのではなく、
あなたの人生の目的を生きることによって、
おのずと自分自身という芸術が生まれます。
あなた自身の目的とは、
この世のすべての人のなかで
あなたにいちばんうまくできることなのです。
もしあなたがそれをしなければ、
またもしあなたが自分の真実を生きなければ、
ほかにだれがそれができるというのでしょう。
あなたが自分自身の一部を与えて、
真のあなたになろうとしないかぎり、
それはなされないままです。
(中略)
自分の目的を怖れるということは、
自分自身の愛や情熱、
幸せも怖れることになります。
たいていの人は自分の価値が感じられず、
圧倒的ないい気持ちにならないように
コントロールしようとします。
それは怖れの症状であり、
あなた自身の真実、
ヴィジョン、
偉大さから
あなたを遠ざけてしまうのです。
傷つくならば、それは愛ではない。/チャック・スぺザーノ(著) P.347 より抜粋
ハートフルフィーリングマイラブ☆436☆
............................................................................................................................................................................................................................
僕はどうしても承認を求めてしまうことがあります。これは性格なのかと思ったら、ある本によると、ネガティブな状態らしいです。その本には、38種類のネガティブな状態があるらしく、そういう風に捉えることをきっかけに(ボトルをいくつも選んで買わないといけないのでお金がかかりますが)ポジティブな状態に変えていくことバッチフラワーレメディというらしいです。
以前テレビ番組や著書を読んだりしたことがありましたが、岡本太郎さんの生き方も芸術を通して、自分になろうという思いを伝えていたような気がします。その生き方には怖れというものを感じることはなかったようにさえ見えました。
....................................................................................................................................................................................................
あなたが一枚の美しい絵を描いているところを
想像しましょう。
その絵があなた自身なのです。
あなたの人生という傑作なのです。
あなたはアーティストであり、
インスピレーションを受けて動く手であり、
絵筆であり、
真実の色であり、
絵そのものでもあります。
あなたがあなた自身であり、
自分の「偉大さ」を受け入れたとき、
絵そのものでもあります。
あなたがあなた自身であり、
自分の「偉大さ」を受け入れたとき、
あなたはどれほど世界を愛しているかを
表現するはずです。
傷つくならば、それは愛ではない。/チャック・スぺザーノ(著) P.347 より抜粋
ハートフルフィーリングマイラブ☆437☆
....................................................................................................................................................................................................
一人で絵を描く時、どうやって書きはじめますか?
どんな気持ちで描いていますか?
どんな色を選びますか?
それを描いていてどう思いますか?
そういった言葉は自分の生き方がどうであるか気づくために必要なのかもしれません。
絵を習う時は、誰かに描き方を教えてもらうことができます。そして、それは本当に描き方だけだったのでしょうか?誰かに描き方を見て一緒に自分の描き方を確かめる時も必要だと感じます・・・それを人呼んで、アートセラピーという?
傑作かどうか?という言葉がとても気になりますが、これは誰かの評価を気になっているという自分を描く時には必要ない言葉なんだと思います。それを認めないのは怖れであり、僕は偉大さや怖れについて少し誤解をしている可能性を感じました。
上の言葉を自分なりに解釈すると、「偉大さ」とは、ある意味で自分がそう捉えている世界を肥大化させて表現しようとする効果がありそうに感じました。だからこそ最後に『あなたはどれほど世界を愛しているかを表現するはずです。』という言葉でまとめているんだと思いました。表現するということは、自分の思いを表現することでもあると思いますので、そう捉えるのは自然のようにも思えました。つまり自分が表現したものから、今の自分がわかるということでもあると思いました。
そういえば、今年クリエイティブ・アーツ・セラピー国際会議というのが 2006年10月7日(土)・8日(日)・ 9日(祝)に、国際オリンピック記念青少年総合センターで行なわれるようです。
そういう風にアートを捉えられるなら、興味ありますね~。参加するにはお金がいるみたいですね~。