聞こえていなかったもの、見えていなかったもの
私は歩くことが好きで、自然を感じられる場所に身を置くと「無」の状態になれる(頭の中を空っぽにできる)ので、よく公園に行きます。多い時は3ヶ所回るぐらい公園が好きです。でも、昔からこうだったわけではなく、長い時間をかけて起きた変化です。10代や20代の頃、好きなアーティストのCDだけ繰り返し聴いていました。その頃の私には鳥のさえずりは聞こえていませんでした。観たい番組もないのに何となくテレビをつけて、寂しさや退屈を紛らわせようとしていました。その頃の私には雨の日に水たまりに描かれる波紋の美しさは見えていませんでした。正しさにばかり囚われて、本当に大事なことが見えていませんでした。しかも、その「正しさ」は自分の中で勝手に作り上げられた「正しさ」です。若い頃は、今よりもずっと独りよがりだったなあと感じます。今も音楽を聴くことは大好きです。でも、何となくでテレビをつけることはなくなりました。聞こうと思えば聞こえたはずなのに、聞こえていなかったもの、見えていたはずなのに見えていなかったもの、それらのものに自然に意識が向くようになったことを散歩に丁度いい今の季節、とてもうれしく思うのです。