私は現在、

祖父が遺してくれた家で

家族と同居しています。

 

 

生前、祖父が脳梗塞を発症し、

今も家の至るところに

つかまって歩くための手すりが

設置されています。

 

 

姪っ子がまだ小さかった頃、

廊下を勢いよく走って、

手すりに頭をぶつけたことがありました。

 

 

その時、

誰かにとっての便利は、

誰かにとっての不便になり得ることを

学びました。

 

 

 

 

早朝、

隣家の庭からラジオの音が聞こえてきたことがあり、

その時は、

「近所迷惑では?」

「朝は静かに過ごしたい…」

と思いました。

 

 

 

しかし、

お隣さんは奥様が亡くなった後、

おひとりで暮らしていたので、

ラジオの音は、

私にとっては不要な音でも、

お隣さんにとっては必要な人の声だったのかもしれず、

やっぱり、人それぞれ必要だと感じるものは違うのだと

改めて気付くことができました。