ブログ2022年12月19日

 

酔うほどに何故となく悲しさのこみあぐる日々君逝きてより

 

十五匹はらわた除き「出汁」とりし君買ひ置きのじゃこ数多あり

 

亡き妻の教えてくれし花筏漕いでゆかばや西へ西へと

 

 

ある日何気なく台所に入って妻が料理を作るのをみていた。

じゃこ、昆布、どんこ、などを使って出汁を取っていて、それらの分量などを私に教えた。

私は食器を洗うなど後片付けを手伝うことはあったが、料理を作ることなどは無かった。

妻が亡くなってしばらく経って初めてみそ汁を作ってみることにした。

なんとたくさんのじゃこが残っていたことか。いや、それがたくさんであればあるほど、

妻がまだまだ使うはずのものであったことを思うと目頭が熱くなった

ブログ2022年12月12日

 

車椅子(いす)に坐し弥勒菩薩の似姿の妻よ小指にセンサー光る

 

終近き乱れる妻のやせ髪を手ぐしで梳けば哀しき温み

 

君逝きて漆黒の闇覆ひ来て吾の命の限りと耐ゆる

 

 

私が病室に行くたびに車椅子に乗せ換えて廊下を行ったり来たり。緩和ケアの始まった

妻はいささか朦朧とした感じではあるが、どこかに旅行している気分なんだろうか。

京都・広隆寺の弥勒菩薩半迦思惟像をこれまでに何度訪れたことか。

もちろん妻とも一緒に。

車椅子に肘をつけて頬杖をついている姿はまるで弥勒菩薩のよう。

2022年12月05日

 

蝉の声途切れたる今棗の実落つる音聞く秋は来にけり

 

告げられし余命を秒に換算す秒針の速さに目を逸らしたり

 

緩和ケア始めし妻は大地震をさして怖れず吾の傍へに

 

とうとう蝉の声も聞かなくなり、公園の棗の実もあちらこちらに、季節がたそがれてゆく。

余命3ヶ月、ひょっとして1ヶ月、それを長い時間のように思いたいからか秒に置き換えて

みる。しかし、秒針のあまりの速さに却って切迫感が。なんと馬鹿げた発想を。

3月11日、東北大地震のとき、病室にいた。病棟は古いので、天井が一部剥がれ

たり、窓が破れたり。患者をより安全な病室に移動させるあわただしさ。

妻は大きな地震ねと言ったが恐怖感を感じている風でもなかった。

状況が落ち着いたころにわたくしは帰宅するために渋谷に向かったが

バスなどには乗れそうもない。

再び病室に戻ったら、なぜ戻ってきたのかと妻が聞いた。大きな余震が来て

死ぬようなことになるのだった一緒に死のうと思って、と言ったら少し微笑んだ。

2022年11月28日

 

今朝もまた目覚めてそっとまさぐれる妻の手ぬくし我は安堵す

 

病妻の目覚めを待ちゐる秋のあさ時にはそっと寝息うかがふ

 

処暑すぎてトマトの茎を引き抜けばなほ若き香の暫し漂ふ

 

野菜や花を植えたいといって妻が申し込んだ区民農園の抽選が当たり、

術後間もないのに雑草を抜いて種を播くところまでは初孫と一緒に出来たのだkが、

ほどなく再入院となり、私と孫のふたりで慣れない農作業に挑戦することになった。

トマト、大根、ナス、じゃがいもなど、成長の様子や思いの外たくさん収穫出来て

いることなどを病室に報告していた。

 

病む妻に「きれいね」と言ひ「ありがとう」初夏の風応へあふ日々

 

俳句詠む気力戻らぬ病む妻に吾れの短歌の感想求む

 

生き生きと心はづめる日々となり妻は俳句に吾れは短歌に