ブログ2023年3月26日

 

いちめんにすすき穂の白広ごりてはかなく揺るる君偲ぶ旅

 

遍路路句帳にありし地に佇てば後ろ姿の君は霞みて

 

時差あらん宵の明星見つめをり彼岸にありて目覚むるや君

ブログ2023年03月20日

 

桜花待つは悲しきことと身に覚ゆ散り初めし頃君逝きてより

 

妻からの手紙の束を吾の棺へ子に託しゐる秋のとある日

 

梓川覚えているやあのときに妻の浸しし温かな手を

 

 

 

ブログ2023年03月06日

 

*新嫁の初のお節を供ふれば亡妻の喜こびいかばかりかな

 

*新妻の君が手編みしマフラーに顔を埋めて香を偲びをり

 

*ろうばいのつぼみいや増し春めぐる君逝きし日は遠くなりゆく

 

お正月は子供たち、孫たちが我が家に集まり、妻がいつも渾身のお節を

振舞った。重箱2箱のおせち料理と、上級のしゃぶしゃぶ肉、そしてにぎりずし、

というのが定番。食べきれないから、子供たちは残り物をそれぞれに持って帰る習わし。

妻が亡くなって初めてのお正月。長男・次男のお嫁ちゃんたちがお節を持ち寄って、

仏前にお供えをしてくれた。

 

新婚早々に妻が毛糸のマフラーを編んでくれた。区別するためだろう、ほんの一部に

色違いの毛糸を編み込んだお揃いのマフラー。とてもデザイン性が良く、どんな売り物よりも柔らかく温かい。もう50年以上、残された妻のマフラーも時々首に巻いている。

 

妻は桜の散り初めるころに逝った。散歩道にろうばいがつぼみをつけて春の訪れを告げている。これから三寒四温を繰り返して確実に温かさが増し、桜も咲き始める。

もうすぐ一年になるのか。

ブログ2023年2月21日

 

大晦日 片割れ月の光刺し君育みしシャコバ花咲く

 

病室の玻璃に額寄せ満月を妻も眺めて一句遺せり

 

病室の玻璃に額寄せ月見かな ― 妻

ブログ2023年2月13日

 

桜樹にしかと縋れる空蝉や涙催ひの蝉時雨降る

 

幾たびも君と越えたる亀ヶ谷小川の水馬空に飛び立つ

 

枯れなんとせるシャボテンにふたたびの花を咲かせて君逝きし春

 

 

妻との散歩道。桜の木に空蝉が。まるで魂の抜けた私のよう。そんな私に亡妻が涙するのか、

果たして降りやまない私の涙雨か。

 

北鎌倉に住んでいたころ、鎌倉街道沿いに建長寺の前を通り、鶴岡八幡宮の横を通って鎌倉に出るのと、途中から右に曲がって亀ヶ谷坂を越して浄光明寺近く、小川の流れに沿って、

さらには小町通を抜けて鎌倉に出る方法がある。

鎌倉道路沿いは歩道がせまく、行き交う人の多い時には歩きにくい。亀ヶ谷坂は七口のひとつで、季節になると左側にはアジサイが連なり、右側に萩が咲き乱れる静かな道で、私たちはこの道の方をより好んだ。ただ、ちょっと急坂である。頂上近くに落ちている椿が慰めてくれるし、夏には吹き上げてくる海風が心地よい。小川に青空が映り込んでいる。泳いでいる水馬がまるで

空を泳いでいるようだ。

鎌倉の農協市場で路地もののとまとを買うためだけに私たちはこの道を歩いた。

数えきれないほどに。

 

北鎌倉のとある作詞家の家を買って世田谷から引っ越した。庭の隅にシャコバサボテンの鉢が残されていた。すでに枯れているように見えたが、サボテンの強さななのか、亡妻が

養生したら半年後に見事に白い花を咲かせてくれた。

いくばくもない余命を知らない妻は、大晦日に鉢を世話している後ろ姿が目に焼き付いている。妻が命をつないだこの鉢を枯らしてはならないという使命感のようなものを覚えた。

もう25年以上になるが、その間お嫁ちゃんたちに株分けをしたり、私の机上で私に寄り添ってくれている。