のびのび自由~わくわく生きる~ -4ページ目

のびのび自由~わくわく生きる~

自分設定の枠組み・・たまには不自由。それを越えて、毎日をわくわく過ごせたらいいね。
それには、現在の自分を知ること。さぁ、今の自分はどんな~?

$のびのび自由~わくわく生きる~



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今日はここへ行ってきました

さてどこでしょう^^

自宅を早朝5時30分に出、目的地に到着したのは9時30分です

この人に学びたい!という想いで頑張りました^^

10時から12時までの2時間のセミナーです

『たった2時間のために遠路はるばる??』

申し込んだものの前日まで正直迷っていました

実は迷い事はもう一つあって、こちらも迷い迷いで~煮詰まっていて昨日は迷いのなかにいました(笑)

そして昨日の夕方!『えぃ!ままよ!』とばかりに実行!

チケットを買いに走りました!

そうしたらなにかが外れたようにエネルギーが流れ出し、淀んでいた泥水が押し流されるような爽快な気分にになりました

そんな気持ちで今朝、家を出られたのです

セミナーに参加して、私が知りたかったことや今の私に必要な情報が満載で目からうろこが何枚も落ちました(笑)

もし、止めていたら依然としてすっきりしない気分で一日を過ごしたことでしょう

そしてカウンセリングに来て下さる方達に還元することもできなかったでしょう

更に、申し込んだのに実行できなかった自分を責め、自信喪失に繋がっていたと思います

もう一つの迷い事も、実行することにより自分の気持ちにきちんとけじめを付けることができました。

今回、『迷う~葛藤、心配』することにより、自分の怖れにきちんと対峙することが出来ました

    迷い、心配は怖れからなのですね

もちろん危険回避も必要ですが、実際には起こってないことを怖れ、行動することを止めてしまう。

これは損です。まず行動してみる~ことって大切です。

何才になってもチャレンジですね!

今日の神戸はからりと晴れ上がり、初夏のようで暑かったのですが、友人とランチを食べながらおしゃべりをしとても清々しい一日を過ごせました^^

追加ですが、ショルダーバッグ一つでプチ旅をするのは気楽ですね~

今度の旅行からは荷物を減らそうと思いました^^


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          山でつかまったお猿さん?と思いきや

          芸をするお猿さんです

     
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期せずして母の日にこの記事をアップできるのは喜びです。

吉福伸逸さんという方が先日お亡くなりになりました。思想家でありセラピスト、また翻訳も手がけ多くの海外の良書を訳されました。後年はハワイに居を移し、現地でサーフィンのイベントを企画なさったりし、多くの人々に影響をあたえた方です。

何年も前に私も一度だけ講演会にいきました。ブリージングに興味があり確かそのようなお話だったと思います。

飾り気のない飄々とした風貌で、話されることは明確、鋭い直感力を感じました。笑顔が優しくて、小さな講演会でしたがリラックスしてその場にいることができたことを覚えています。

下記は吉福さんに出会った方の吉福さんとの「思い出」を綴った文章です。

そのまま書き写させていただきました。



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子どもが生まれてすぐに育児ノイローゼになった私は、長い間、息子のことが大嫌いでした。独身時代、子どもが大好きだったのに・・自分の子が好きになれない...母親失格だな・・10年近く自分を責めていました。

そんな時に出会ったのが吉福さんでした。

はじめて出会った時、防衛的で自分のことを話さない私が「自分の子どものことが嫌いなんです」と、なぜか吉福さんには正直に話してました。きっと無意識のうちに「この人なら自分のことを話せる。話したい。」と思えたのでしょうね。

すると吉福さんは 私を真っすぐに見て、「あのね、お母さんてね、あふれる愛情があるんだよ。」といいました。

私は「わからない 。私には愛情がない。」と答えると、もう一度吉福さんは「あのね、お母さんてね、あふれる愛情があるんだよ。わかるかい?」といいました。

吉福さんの声はとても深くて、私の心の中に響きました。「私にも愛情があるのかも・・・」そう思えた瞬間でした。

その後しばらくして、私は長男が大好きだったということに気づきました。そして私のターニングポイントになりました。今でもその時のことをはっきりとおもいだします。

本当に出会えて良かった。

人の暖かさが人を変えるんだと教わりました。

吉福さんのような深い人になりたいな.....これからもそう思い続けていきます。



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この方の長年の深い悲しみが一瞬で癒されたのです。

優れたセラピストである、ということはその人の全身から発せられる何かがあるのだ、ということがわかります。

相手を説得しようとはせず、ただ自分の確信を愛情を込めて話す・・・

この方は吉福さんの全身から発せられる暖かさを感じたのですね。

私も吉福さんのようになりたい、と思いました。

      ☆吉福さんのご冥福を心からお祈りいたします☆
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        特殊な方法で撮られた花のオーラ写真(ネットから)


ゴールデンウィーク中は晴天続きでした。

起床時に明るく暖かいお陽さまがでていると、嬉しくなって気分も最高の状態になります

昨年はこの時期に体調を崩し、庭もほったらかしで気になっていたので、お陽さまに励まされ小さな畑に野菜の苗を植えました

カラフルな小さな花で早春の日々を楽しませてくれた小さなお花たちも今や種になりました

雑草と言う植物はない、というけれど庭を整えるために引き抜きました

何にも考えずに夢中で土と格闘しました(笑)

そうしたら、どんどんエネルギーが湧いてきました。次の日も次の日も朝がくるのが待ち遠しくてただただ土をいじりました^^

大袈裟かも知れないけれど、生きてるっていいな~!と思いました

そして心に憂いがない状態の素晴らしさをおもいました

生きていれば様々な問題が生じてきます。早急に解決しなければならない問題もあります。

問題を認識し解決しようとする努力はすることは大切なこと。

ですが、その問題で心を煩わせてはいけないのです

反省すべきは潔く反省し、自分を責めたり、他を責めたり暗い想いにとらわれないことなんですね

人との間で疲れたら距離をおけばいい。下手に悩まないこと、引きずらないこと。

そのためには自然に分け入り、たんたんといのちを繋いでいく営みに同調することなんだな~

美しいものを愛でて、素直に生きている人たちの仲間にいれてもらうこと ......

それが一番の癒しになる

すごい現実的な言葉ではあるけれど

  
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         自然の癒しはセラピーを受けるより安価です



自然は偉大な癒し手ですね^^

自然を心の中に取り入れれば取り入れるほど、元気になれる

情緒を育て、真の思いやり(右脳の働き)を育ててくれる自然に感謝です

自然は考え込まない(左脳の働き)レッスンを 無料でしてくれます。


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                アケビの花



長い間日記を書いていませんでした

最終日記が4月14日・・・その後お友達が来訪、食事会に出かけ、そして宮城県への3日間の小さな旅~となにかと忙しかったのです

旅の後、さぁ~日常に戻ろう!日記も書きたい!と気持ちがはやりました

でも、なにかがおかしい??

エネルギーが一切湧いてこないのです

具合が悪いわけでもないのに・・・と思ってました

そのうち悪寒が走り、熱が上がり始めました

長ーく治りにくい風邪のはじまりでした

エネルギーの枯渇状態は疲れから来る風邪のせいでした。これに気づかず心の状態ばかりに注目し、自己分析をしていました

落ち込むばかりでした。参りました(><)

自信がなくなり、物事を否定的にしか考えられず、『どうしたの~私!』状態でした

本を読むことも、出かけることも、食べることも出来ず、何かをして回復を図る、それも一切あきらめ、ただただ眠り続け回復を待ちました

一昨日くらいからやっと、やっと、回復の兆しがでて今日は完全に復活しました(^^)/

嬉しい~嬉しい~心の底から喜びが湧いてきます


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身体を無視し夜更かし、暴食、好き勝手にしてきたつけが回ったのですね。

私は大丈夫!と過信し、<心>ばかりに焦点を当て身体のことを考えてきませんでした

当たり前のことがわかってなかったのですね(^^;

自然回復力に感謝し、生かされていることに感謝します。

身体を大切にし、養うことは大切ですね

今、外の全てが輝いてみえます。朝日に照らされ輝いている山の木々の葉、小さな花たち

土の中からはミミズや団子虫!

生きているんだね~ この時間を共有できて幸せです!

写真は調子が比較的良い日に散歩でみかけた山の植物達です

ずいぶん助けられました^^



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生きるのが怖い・・・涙をうかべてその人は言いました

私はその人にたくさんの言葉で語りかけました

そうするしかなかったのです

本当にしたかったことは、その人を外に連れ出し森に分け入り、咲き誇っている花々を見、今芽吹きを迎えている木々の葉を見、小さな小さな花々も踏みつけないように歩き、遠くに見える新緑で萌えたつ山々を眺め、清らかに流れる小川に手を浸し・・・自然を感じることでした

もうすぐ蝶がさなぎから孵り、そのきれいな姿をあらわすでしょう

晴れた日だけではなく、曇った日も、小雨の日も・・・毎日、毎日 一緒に歩きたいのです

最初、その人はなんにも感じない、というでしょう

考え事で頭がいっぱいだから.....沈み込む気持ちの方が優勢だから....

そんな状態でも、自然との触れ合いが深まるに連れてチャネルが開いていくのです

知らず知らずのうちに。

自分で感じようとしなくても自然はその豊かなエネルギーを与えてくれていることに気づき感じるようになります

美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものに触れたときの感激を取り戻していきます

そこが真の癒しへのスタートポイントだと思います

私は気分が落ち込んだ時、近隣を歩いたり、楽に登れる小さな山に行きました。

最初は自然に癒してもらおう!なんて意気込んで自然のエネルギーを奪うことに一生懸命でした(笑)

でも、意気込めば意気込むほど自然はその真の姿を現してはくれませんでした

だんだん散歩がつまらなくなりました

ある日、巡る思考に疲れ果ていつもの気負いも出ず、それでも森に出かけました

その時に木々の一枚一枚の葉っぱが輝いて見えました

庭の雑草も、小さなすみれも、なにか語りかけているようでした

自然ってなんて神秘的なんだろう~と心から思いました

自然からのプレゼントを受け取る準備が出来たサインでした



レイチェル・カーソン という人が書き記した

  『センス・オブ・ワンダー』の中から引用します

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人間を越えた存在を認識し、おそれ驚嘆する感性をはぐくみ強めていくこと、にはどのような意義があるのでしょうか。

。。。。。わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。

地球の美しさと神秘を感じ取れる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることは けっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとにであったとしても、かならずや、内面的な満足感と、いきていることへの新たなよろこびへ通ずる小道を見いだすことができると信じます。

 地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、い生き生きとした精神力たもちつづけることができるでしょう。

 鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、抽象的な美と神秘がかくされています。自然がくりかえすリフレインーー夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさーーのなかには、かぎりなく私たちをいやしてくれるなにかがあるのです。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー引用終わり

今私は母を慕うような気持ちで 『自然』に接しています

いろいろな出来事で心がかき乱されることがあっても、大丈夫、とやっと思えるようになりました

センス・オブ・ワンダーをとりもどしつつあります^^

生きるのが怖い、と言ったその人に届けてあげたいのです

自然は大都会の中にもあるのだから。

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今日は最高に短いブログです....笑

この映画を観ました。とにかく楽しい映画です

楽しい映画であると同時に全編に感動しました

パラグライダーの事故で首から下がマヒしてしまった富豪フィリップと、そんなフィリップをたまたま介護をすることになった、貧しくても陽気で屈託のない黒人青年ドリス、との心温まるおはなしです

洗練されてはいるけれど自らの障害に絶望しているフィリップは、粗野ではあるけれど生き生きとしたなドリスに癒され、出会うはずのない世界を体験し生きることが楽しくなります。またドリスは知らず知らずのうちにフリィップの高い知性に感化され見事な教養を身につけていきます

二人の心が次第に寄り添って行く過程が楽しく笑いを誘います

人種の違い、階級の違い、障害の有無が互いの心を寄り添うことで実は存在しない、ことがわかります。
また癒しについても考えさせられます

さて、最後は?

とにかくビデオで観て下さいね~とても希望に溢れた映画です^^

この映画は事実をもとに脚本が書かれ映画化されたそうです。
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      以前のブログにも登場した’ゆったん’のあんよです^^

      ぐっすり眠っています。どんな夢をみてるのかな?


最近小さなお友達たちがうちに来てくれます。天衣無縫に振る舞う子ども達をみていると飽きることがありません。

ママ達は泣いたり笑ったりオイタをしたりの子ども達の活発な生命活動にあたふたしていますが、私からみるとどの子もかわいいです^^

子ども達の瞳の奥に命の神秘さをかいま見ることがあります。

身近でも聞いたことがありますが、不思議なことを話す子ども達がいます。

それは生まれる前の記憶だったり、生れ出るときの記憶だったりします。

長女を妊娠中、いよいよ臨月という時逆子になりました。医師に教わった簡単な体操を試みましたがなかなかもとに戻りませんでした。

ふっと思い立ったのが話しかけです。毎日毎日『逆さだよ~このままだと生まれる時に大変だから頭を下にしてね』と話しました。

すると出産直前に逆さが治ったのです。このようなことは大抵のお母さんは経験してますね^^

母子の関係は生まれる前から深いのですね

下記はいつも読んでいるメルマガのコピーです。

産婦人科の医師である池川先生と遺伝子スイッチオンの村上和雄 先生との対談の一部です。

とても興味深いです記事です。優しい気持ちになります^^



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「親を選んでくる子供たち」



          池川明(池川クリニック院長)

                『致知』2013年4月号
                 連載「生命のメッセージ」より






胎内記憶を語る子供たちの中には、例えば
「僕はさぁ、雲の上で見ててママのところにビューンて来たんだよ」と、
生命が宿る前の中間生や過去生の記憶まで出てくるケースもあるんです。

最初に気づいたのは、ある女の子が、女優さんになりたいから、
空の上から綺麗なお母さんを選んできたって
話しているのを聞いた時です。

調べて分かったのは、胎内に宿る前の記憶を持っている子が
二十%、五人に一人いたんです。

おなかの中の記憶以上に不思議な話ですから、
オカルトっぽいし、虐待や中絶をする親はどうなんだといった
疑問や反論も受けます。
わざわざそんな親を選んでくる子がいるのはおかしいと。

こういうことを言うと結構批判を受けるんですが、
これまで聞いた話から推測すると、どうもそういう子は、
敢えて虐待や中絶をされるために
その親を選んできているようなんです。

恨んでいる子は一人もいなくて、みんな
「お母さんありがとう」って言うんです。


赤ちゃんはお母さんを精いっぱい応援していますし、
命を懸けてお母さんを守ろうとしています。

そして長い目で見ると、中絶や虐待があったことによって、
お母さんや家族が愛情を取り戻したりすることがあるようなんです。

あるお母さんは義理のお父さんを恨んでいたそうなんですが、
赤ちゃんを流産した後、そのお義父さんが
「神様は絶対に悪いことをしないから」と
声をかけてくれたそうなんです。

実はそのお義父さんは、かつて病気で九死に一生を得た方でした。
お母さんはお義父さんの優しさを初めて実感して、
家庭が穏やかになったそうです。


それからあるお母さんは、自分が子供の頃に
虐待を受けて嫌な思いをしたのに、
今度は自分が我が子に虐待をしていた。

ある時我が子の写真を見たら、
目の奥に仏様の慈悲の心が見えてハッとしたそうなんです。

すぐ子供にそれまでのことを謝ったら、
その子は僅か五歳なんですが


「僕はお母さんが分かってくれるって信じていた。
 だってお母さんがそうするのは
 お祖母ちゃんからそうされたからだし、
 お祖母ちゃんもそうされてたんだから誰も悪くない。
 お母さんが気づいてやめてくれてよかった」


って言ったそうなんです。

【村上:考えさせられる話ですね。
    その母親のように、自分が子供に選ばれたことを自覚すれば、
    親子関係は随分変わるでしょう】


それは子供にも言えることで、
この母親を選んだと思うと親子関係はよくなります。
人生が辛かった人も豊かになるんです。



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ゲシュタルトの祈り〈Gestalt prayer〉

私は私のことをします

あなたはあなたのことをしてください



私が生きているのは

あなたの期待に応えるためではありません



あなたもまた、私の期待に応えるために

生きているのではありません



あなたはあなた、私は私です



そして、私たちの心が

たまたま触れ合うことがあれば

それは最高に素晴らしいことです

たとえ触れ合うことがなくてもそれはそれで素晴らしいことです

(フレデリック・S・パールズ)

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この詩はドイツの精神医学者であり、ゲシュタルト療法の創始者、フレデリック・パールズの詩です。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー>

あるがままを受け入れ、今ここ、に意識を集中することが実は自分を大切にし、愛することになるのですね。

自分をきちんと愛することができれば、他の人も愛することができる。

それが自立している状態といえます

今、私は何を体験しているのだろう?

胸が痛んだり、胃がきりきり痛んだり、身体の感覚はなにを訴えているのだろう?

今、ここで直感的に感じていることに注意を払い、常に自分とともにいることで自分以外の人に振り回されないで自分を生きることができる

私はさまざまに展開する人間関係に疲れ、心が重くなった時に、この言葉にたどり着きました

幸せを他の人に預けてしまうのではなく、何はなくとも幸せ!という状態がベストなんですね~自分が頼りです

心が楽になるのを感じます



       
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               春爛漫です
               <吉野梅郷>
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            庭の白モクレン~いい香りがします

韓国への旅も終わり数日が経ちました。

かの地で見聞きしたこと、写真などアップしたいと思っていますが、短い旅行ながらも私の内的世界で繰り広げられた世界がなかなかまとまりません(笑)

コムソというところの塩田は、まさに地球の宝 と感じました。

このことは次の日記に書きたいと思います。

今一番に書きたいことは、成田空港に向うあるパーキングでのできごとです。

なんということがないとても小さな出来事です。しかしながら私にとっては、このことが大きな気づきをもたらしてくれました。

と、あるパーキングで.......

コーヒーを飲もうとスターバックスに入りました。お客さんは男性2人で、サーブする女性と作る人の4人だけでした。

いつものようにその女性に注文。そこまではいつもの感じでした。コーヒーが出来上がるのを待ちながらふと、『あれ!いつもの雰囲気と違ってる!』と感じました。

ものすごい和やかな雰囲気です。

他の男性客2人はとても満ち足りたハッピーな顔をしてました。

『何故???』

それとなく店内を観察しました。

光源を探すかのように・・・・

私の眼はサーブしていた女性に 釘付けになりました。

『この女性(ひと)だ!』

年の頃は40代半ば? 細身の女性でした。

彼女の自然な微笑みを伴った、丁寧な振る舞いがやさしくて、まるでこの人から発せられる柔らかく人を和ませる光線がこの店内中に充ちているかのようでした。

母性というのかな・・・

男性たちの満ち足りてゆったりとした微笑み の意味がわかりました。

もちろん私もこの人から受ける柔らかい慈愛の光線を浴びて、幸せな気分になりました。

笑顔だけは作れない・・・と、人の表情を研究しているアメリカの科学者が言っています。

作り笑いはわかっちゃう~ということですね。

なぜならば、眼の周りの筋肉は本当に笑っているときしか動かないからだそうです。

心からの微笑み、笑いって素敵ですね^^

周りの人々を幸せにする~

彼女は市井の人です。この出来事から一週間経った今もあの雰囲気と彼女の風情の記憶は薄れることがありません。

私もこの人のようで在りたいな~と思います。


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             これから花開くつぼみ~希望
2年前のこの日、私は東京駅にいました。

久しぶりに会う友人と地下街にある日本料理店で昼食を 摂っていました。

『地震?』・・・大きく揺れました。最初はいつものようにすぐ終わるだろう、と思って友人と顔を見合わせながら待ちました。止まりませんでした。

そのうち、揺れは更に大きくなりました。

異変に気づいた私たちは立ち上がり、『とにかくここを出なくては!』と何度も何度も襲ってくる揺れの中急ぎ足で歩き出しました。周りの人々も同じような緊迫した表情で階上へと向いました。あちこち行き交う人々の中を縫うように、ひとまず一階上の地下一階の喫茶店に落ち着きました。その頃は、誰もが非常事態であることに気づいていました。

喫茶店にいる間も何度も揺れました。

友人は東京駅にいるはずのもう一人の友人を捜しに喫茶店を出、待っている間地下の息苦しさに耐えられなくなった私は外に出ました。

外はの高いビルは信じられない揺れ幅で左右に揺れていました。

人々は緊迫した表情ながらも落ち着いていました。

『一体何が起こっているの?』

携帯電話は通じたり通じなかったり・・・電池が少なくなっているのに気づいた私はキヨスクに向いました。そこは長蛇の列。

皆、水や私のように携帯用の電池を買い求めようとする人たちでした。

私が驚いたのはこのパニック状態の中誰一人として叫んだり、怒鳴ったりしてないいことでした。皆静かに自分の番を待ってました。

結局その友人とはそのまま会えなくなり、私は一人、『絶対家に帰る!』 という思いで、数時間タクシィを待つ列につきました。一時間に一台来ればいい方の・・・

新幹線が数時間後、新幹線が動き始めたので、タクシィの列を離れ、やっとの思いで、新幹線に乗り新横浜まで。

しかし、そこは更に陸の孤島!

娘に迎えにきてもらい、帰宅できたのは明け方でした。

たくさんのことを目撃しました。助け合う人の善意を強く感じました。

普段私たちは、自分のなかにある善意の心に気づいていません。でも、このようなパニック状態で示せる善意があるのだ、ということを信じられました。

私たち自身すら気づいていない内に秘めた十分発掘されていない善意・・・それがあることを私は信じます。

その日、自身の命をなくされた方々、大事な家族をなくされた方々、家も全てなくされた方々の悲劇は終わっていません。

『その人たちの一番必要としている助けってなんだろう?自分に何ができるだろう?』 を今も問い続けています。

『どうなりたいか?』をこの惨劇を乗り越えてこそ創る未来を心に思い描くことが大切なのですね。

世の中の平和は、葛藤を見据えての個々人の内側の統合があってこそなのですね。

この日の朝思ったことです。

惨劇に遭われた人々のために祈ります。

私たちの明るい未来のために・・・!



(4、5日お隣の国、韓国にでかけます。旅行記帰ってからまとめますね^^)