のびのび自由~わくわく生きる~ -3ページ目

のびのび自由~わくわく生きる~

自分設定の枠組み・・たまには不自由。それを越えて、毎日をわくわく過ごせたらいいね。
それには、現在の自分を知ること。さぁ、今の自分はどんな~?

明けがた「キュル、キュル、キェッ、キェッ」「ダー、ズズズ~!」という音で目覚めた。丑の刻を過ぎた午前4時頃。

寝ている時によく物音がする家なので、最初はあまり気にしてなかったのですが今朝のはちょっと違う。

起き上がり窓の外をみた。まだ暗い外には何もない・・・と思ったらなにやら視線を感じたのである。

感じる方に眼を転じると光る2つの眼!

もっと見ようと網戸を開けた。そこには小動物が!じっと私を見ている!

はたと見つめ合い、その小動物が私に向って飛び込んでくる・・と感じたので窓を閉めた。

「はぁ、はぁ、ドキドキ!」カメラを取りに行き, 戻り、そーと覗いてみるともういない。まだ薄暗い朝だというのにカラスが「カァカァ・・」と鳴いていた。



これは昨日の出来事です。ハクビシンはここらへんに生息していて、完熟を楽しみにしていた庭のトマトを食べられる事件はありました。でもネットの写真を見るとちょっと違う雰囲気でした。そこで近所の八百屋さんでリサーチ。

ハクビシンは鼻に白い筋があるとのこと。私が見たものにはなし。更に話し込むとここら辺りには「ムササビ」もまれに出現するとのこと。

ネットで調べると私が見たものはこれでした。


      
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             ムササビ(ネットから)

私と見つめ合ったのはまさにこの眼です!体長60cm位でした。

飛んでくる!と感じたのは正しい感覚でした^^

襲われる!とは感じませんでした。むしろ「助けて~!」と訴えている 感じでした。カラスに襲われていたのでしょうか。。。

ここはやっぱり森の一部。私たちはそこに住まわせてもらっているのですね。周りの畑をみるとイノシシから作物を守るための柵が張られ、アミガかぶせられています。

私はまだ見たことがありませんが、大型のイノシシもミミズや百合の根をを求め里に下りてくるそうで、目撃した住民は怖かった、と言ってます。

猿、ハクビシン、狸、ムササビ、まさに野生動物の宝庫です^^

今のところ、ここでは 微妙なバランスを保って共存がうまくいっているようです。

野生の動物の目撃はドキドキしますが、いつも新鮮な体験ですね^^

昨夜もムササビの来訪がありました(^^)/

山に戻るように意識を送ってみます。。。
。。。。。気持ちはこころの中に存在する正直な言葉。一方感情は自分の力ではコントロールできないもので、心の奥から湧き上がってくるものです。感情の揺れが大きいと、自分の中では抱えきれなくなってしまいます。

 本当は気持ちのまま行動したいのに、脳の機能がうまく働かないのか、自分の言動がコントロールできず混乱します。この混乱の時に出てくるのが感情だと考えています。

             『続・自閉症の僕が飛び跳ねる理由』から抜粋

最近、ある方が紹介されていたサイトを読ませていただいて、この本を知りました。内容に強く惹かれて本を購入。

素晴らしいメッセージがちりばめられている本でした。

上記はその本からの抜粋です。

著者の東田直樹さんは、通信制高校のセルフコースで学んでいる高校生です。

会話が出来ない重度の自閉症の障害を持っています。

他の人には理解が難しい行動の数々をこの本の中では簡潔な言葉で率直に説明しています。

感動について語られていますが、(以下、本文より抜粋)

。。。。。僕は自然でも人が造ったものでも、その素晴らしさに圧倒されるのです。その場にいてもたってもいられないくらい感動します。

 今年もたくさんの桜が咲きました。僕は公園に行っても、満開に咲く花を視界の端っこに少し入れるだけです。そうしなければ、あまりの美しさに僕の気持ちは崩れてしまうからです。

 変わらない幸福というものがあるとしたら、繰り返される命の輝きではないかと僕は思っています。

                          抜粋終わり



ゴッホの描く絵を見るといつも不思議な気持ちになりますが、ゴッホには風景があのように見えていたらしいです。自然の樹や草花が放つ気が見えていたのですね。

もしゴッホが自分の見ている世界が本当だと理解していたら、そして周りの人々に理解されていたら、あのような悲惨な最期にはならなかったことでしょう。

人と接する機会が増えている私の実感でもありますが、弱い人、強い人、独りよがりな人、皆それぞれ違う価値観を持っています。

野生の動物の世界では弱いものは生き残れません。ですが私たちは様々な人の間にあって、互いの違いを尊重し、認め合い助け合うことで、いのちを繋いできました。

最後に

人間愛とは、人間が人間であることを誇りに思うことではないでしょうか。自分を相手に置き換えて物事を考えることができたり、かわいそうな人を見るとほうってはおけない気持ちになったりするのも心があるからです。心にある良心は、それがなければ人間が存続できないものなのだと思います。

・・・・・省略

人が愛を大切にしているのは、愛こそが全ての問題を解決するキーワードだと知っているからです。

人間が求め続ける愛の理想は「共存」ではないでしょうか。

                        抜粋終わり

この言葉に心から共感しました。

メッセージの一つ一つが深い知恵の言葉であり、より良く生きるためのヒントに溢れ、勇気が湧いてくる素晴らしい本です。

是非、読んでみて下さい。



☆『続・自閉症の僕が飛び跳ねる理由』☆



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7月18日から2週間、フランスに行っていました。

今回は3回目で最初に行ったのは2009年のことでした。期せずして1年おきに、ということになりました。

フランスには若い頃インドで出会ったチベット仏教のリンポチェのご一家がお住まいです。お2人のリンポチェを中心にご家族や活動をサポートしている人たちが周りに住んでいます。

多感な時期にチベット仏教の教えに触れたことはその後の心理的に紆余曲折があった人生の舵取りのために大いに役立ち、助けられました。

フランスでは毎年サマーセミナーが開かれ、世界中から仏教を学んでいる老若男女が集まってきます。
一週間のセミナーに延べ人数700人以上という大所帯です。主婦から実業家、医師、大学で教鞭をとっている人、研究者など多種多様です。

大学の講義を受けているような雰囲気で毎日朝9時から夜8時くらいまでお2人のリンポチェが交代に講義をします。


    
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学校、社会での虐め、家庭での虐待、あるいは親の愛情の欠如などで、どこかで精神的に傷を負った人、もしくは今でも傷ついている人が非常に多いのが現状です。

競争社会での心身の疲労、劣等感も増えつつあります。

こうした 自分の心の傷をきちんと癒し、真の安らぎを得るのは仏教的なアプローチが有効だと私は思います。

しかし、だからといって教団に高いお金を払ったり、グルを崇拝することではけっしてありません。こうしたことは他の人に自分を明け渡すことになり、新たな依存を生じさせます。

仏教を学ぶということは自分自身で自分の心を癒していく、有効な一つの方法だと思うのです。

こうして自分が癒されてはじめて、次は他の人に向けてぶれない心で愛を向けることが出来るようになるのではないかな~と思います。

ということで、フランスでのセミナー参加を決めました。

今回、旅立つにあたり2つのことを決めました。

  
  *なるべく人の手を煩わせない

  *自意識過剰にならない


一見、当たり前のことと思われますが、フランス語が全くダメな私には、目的地にたどり着くまでが大仕事。どことなく人頼りになります。これでは自立していることになりません(><) 最寄りの駅からは足がありませんのでここからは友人に迎えにきてもらうしかないのですが、ここまでは自力。なにがあっても落ち着いて対処.......を決め友人たちにメールを送り前準備の情報集めに日夜励みました^^

自意識・・・過剰な自意識は自分の心の要求に素直に従えなくなります。自分をいったん捨て去ると楽なんですね。ひっそりと出来て心地よいのです^^

身構えることがなくなり、他の人とのコミュニケーションもスムースになります。逆に自意識が『私が、私が・・・』と囁きだすと色々な感情がうごめきだすのです。いつも緊張している状態になります。 ちょっとだけ『我』をひっこめコアにいると周りが見えだします。すると状況が自分の手のうちにある、という感覚がうまれてきます。自由な感じです。

今回の旅ではこの2つのことを実行しました。
結果、大きくぶれることなく心安らかにセミナーに参加でき、滞在中も人々の過分な親切を受け、無事に帰国することが出来ました。

小さな試みであっても私にとっては大きな学びでした。

これからも私の旅は続きます。実際の旅であったり、心の旅であったり・・・

どんな経験も無駄はないことがわかりました。

もし今、大変な想いをしている人がいたら、その経験が自分の成長に欠かせない体験であったことが後にわかるでしょう。

心をひも解くサイエンスとしての仏教。知れば知るほど奥が深いです^^

       
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東京の真ん中にある青山善光寺です

ゆったりとした広い空間、東京都心とは思えません。この日は空も青く澄み切っていました。お隣に教会の屋根がみえますね^^

ここをお借りして、チベット仏教高僧ゾンサル・ケンツェ・リンポチェの講演会がが開催されます。

リンポチェは日本でも公開され話題となった映画『ザ・カップ:夢のアンテナ(1999)』をはじめ数々の映画製者として有名で、80年代以降、何度も日本を訪れており、日本文化への造詣が深いこともよく知られています。

<リンポチェの日本へのメッセージ>とお知らせ

私たちは、高度な知識、政治制度、テクノロジー、経済、そして遠距離通信といったすべてを手にしたにもかかわらず、これまで以上に苦しみから逃れられないでいる。
悲しみや痛みからの解決策をいつも自分の外に求めるのではなく、心の内なる世界へ意識を向け、黙想する機会を自分自身に与えてみてはどうだろう。

 ーゾンサル・ケンツェ・リンポチェから日本へのメッセージー

日時等をお知らせします。

○講演内容  『初めての仏教』

○講演日程 

8月9日 (金)  開場 18:00   開始 18:30ー終了 20:30


8月10日 (土)  午前: 開場 9:00、開始 9:30-終了 12:00
        午後: 開場14:00、開始 14:00-終了 17:00

 
8月11日 (日) 午前:開場 9:00 開始 9:30ー終了  12:00 
      午後:開場 14:00 開始 14:30ー終了 17:00

○会場       南命山 善光寺(青山善光寺)

○参加費      お志
 

詳しくは下記のHPにて 

『シッダールタズ・インテント.ジャパン』 



私は過去に2回リンポチェの講演に行きました。

気さくな方ではありますが、ティーチングの内容は、生まれてからチベット仏教の伝統に基づいて修行を積んでこられたリンポチェならではの深い教えでした。

仏陀はいつも質素な身なりをしていました。

それは華美を排すことでもありますが、それだけではなく『人々にきれいな心を生起させるから』と教えてくれました。

そして、時にチベット仏教のタンカ(絵)に描かれる大日如来や様々な仏さまは豪華で美しい衣装を身にまとっています。それは、仏教えの先入観を壊すためでもあるそうです。

以上は2年前の講演でお話の一部ですが、私たちがもってしまう先入観や思い込みは物事を正しく理解することを阻害し、自由で柔軟なものの捉え方ができなくなる所以です。

不自由ですね。

リンポチェのお話は、意外性があり、私が日ごろ持っているものの見方のフレームを変えるものでした。

さて今年はどんなお話をして下さるのか、楽しみです^^

つけ加えですが、もう4、5日でフランスに出発です。フランスでのチベット仏教のリトリートに参加のためですが、2年ぶりなので懐かしい 友人やチベット人ファミリーとの再会が楽しみです^^

リトリートそのものは、フランスも猛暑のようで、体力 、気力に不安があります (≧∇≦)

頑張ります^^





いつも多くの気づきと情報をいただいているTEDの動画です。

リタ・ピアソン『全ての子どもに強い味方を』

40年の教師経験の中で、リタ・ピアソンにこう言った同僚がいました。「子どもを好きになる手当ては貰っていない」。それに対し彼女は「子どもは嫌いな人から学ばない」と反論します。教育者に向けて、生徒たちを信じ、生徒たちと実際に人間同士のつながりを持つ大切さを語った熱いメッセージです。



   ☆~~~~~☆  ☆  ☆  ☆  ☆~~~~~☆

未来を担う子どもを育てるのは、責任重大!
教育現場での先生の役割は知識を教えるのみならず、子ども達の心を育てることでもあります。

過去に先生をしていた経験から言えることですが、残念ながらすべての教師がリタ先生のようではありません。

『私はこんなステキな先生に学ぶことができな かった。もし私がリタ先生のような人に出会っていたならばどんなに勇気をもらえただろう!!』 と思われるかもしれません。

実は私も小学生、中学生のときの先生は殆ど記憶にありません。
先生との繋がりが希薄だったのですね。でもただ一人、中学時代の部活の先生を覚えてます。

中学時代、私は体操部に所属してました。体操で国体にまで出場した姉に憧れて。

あまり向いてはいなかったようで最後までバク転(必須)は出来なくていつも泣きの涙(苦笑)

それでも体操という競技を楽しみながら続けられたのは、先生の

  『あなた達はステキ!』

  『できるようになるわよ!』

と言い続けてくれました。 普段忘れていても、新しい物事を始めようとする時や自信がなくなったときに、この先生の笑顔と言葉が浮かんできます。



リタ先生の言葉

あなた達は選ばれてこのクラスに来た!

私は重要、もともと重要だったけど、もっと重要な人間になる

私には力がある!私は強い!

私はここで学ぶに値し、やることがある!

感銘を与える相手がいて、行く場所もある!

言い続けていると血肉になってくるものです。



子どもって暖かい繋がりを求めているものなのです。

そして私たち大人もお互いの違いを認め、それでも繋がっているという感覚が大切です。

なにはあっても人生が彩り豊かで、イキイキと展開したらそれはステキですね^^

***リタ先生はこのスピーチのあとに他界されたようです。***

素晴らしいスピーチです。インスパイアーされました。 是非ご覧ください。


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           ひとりでに笑みがこぼれてきます^^

けなされるとしょんぼり....褒められると得意になる....それは自然な感情・・とばかりは言っていられない。

そんな私に

今朝ズシンと心に響いてきた言葉

人との比較はおいといて、自分の信じる道を行こう~!と思った朝^^



飽くことなく与え続けてください。

しかし、残り物を与えないで下さい。
痛みを感じるまでに、自分が傷つくほどに与えつくしてください。

平和は微笑みから始まります。
1日5回あなたが本当は笑顔を見せたくない人に微笑みかけなさい。

それを平和のためにするのです。

健康な人やお金持ちは、どんなウソでもいえます。
餓えた人、貧しい人は、にぎりあった手、見つめ合う視線に、

ほんとうに言いたかったことをこめるのです。

もし私たちが謙虚ならば、
ほめられようと、けなされようと、私たちは気にしません。

                        (マザー・テレサ)



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☆~愛されるために人はうまれてきた~☆

このサボテンの花のようなモンゴルの子ども達に食べてもらいたくて、パウンドケーキを作りました。

マンホールで生活していた子どもたちが、モンゴルの『太陽のこどもたち』という孤児院に引き取られ、愛情あふれるケアをされ、音楽に演技に、学問に見事に一人ひとりの才能を開花しています。

3年前にこの子ども達に出会って、その天真爛漫さ、人を思いやる優しさ、心のこもった礼儀正しさ、なによりこうして生きているのが嬉しい!という喜びが全身から溢れている一人ひとりの子ども達に心をうたれました。

劣悪な環境の中で暮らしていた子どもたちがここまで健やかに成長できたのは奇跡です。
孤児院では最初、子どもたちを徹底して受け入れ、愛情をかけるのだそうです。

今日、この子達に再び会える!ワクワクしてます!

みなさんも会えますよ~

本日『6月20日』 15時~ 

*『太陽のこどもたち』を創ったエルディナさんと実 際に孤児院を訪れた品愚上人のお話

* 子ども達によるミニコンサート

場所         

*本應寺(ほんのう寺) 京王線:下高井戸下車徒歩5分
(甲州街道側です)

TEL 03-3321-7860
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             実もたわわ~ですね^^




ドロシー・ロー・ノルトさんの『子どもが育つ魔法の言葉』の中で子どもたちはこうして生き方を学びます、という一文があります。

長いのですが引用しますね

☆子ども達は、こうして生き方を学びます。

批判ばかり受けて育った子は、人をけなすようになります。

いがみあう家庭で育った子は、人と争うようになります。

怖れのある家庭で育った子は。びくびくするようになります。

かわいそうだと哀れんで育てられた子は、自分が哀れな人間だと思うようになります。

ひやかしを受けて育った子は、はにかみ屋になります。

親が他人に対して嫉妬ばかりしていると、子どもも人をうらやむようになります。

侮辱したりけなしたりされて育った子は、自分に自信を持てなくなります。

励まされて育った子は、我慢することを学びます。

ほめられて育った子は、感謝することを学びます。

心から受け入れられて育った子は愛することを学びます。

認められて育った子は、自分が好きになります。

子どものなしとげたことを認めてあげれば、目的を持つことの素晴らしさを学びます。

分かち合う家庭で育った子は、思いやりを学びます。

認められて育った子は、自分が好きになります。

正直な家庭で育った子は、誠実であることの大切さを学びます。

公正明大な育った子は、正義を学びます。

やさしさと、思いやりのある家庭で育った子は、他人を尊敬することを学びます。

安心できる家庭で育った子は、自らを信じ、人をも信じられるようになります。

和気あいあいとした家庭で育った子は、この世の中はいいところだと思えるようになります。



先日、ある方のセミナーで出会ってお友達になった人がいます。その人に

『なぜセミナーに参加したの?』 と訊きました。

すると、彼女はいともシンプルに

『自分を知りたいから~』と笑いながら言いました。

私は、自分の仕事に役立てたい、とか他の人理解に役立てたいから・・・という答えを予想していました。

そうなんですね。私もこのセミナーに参加して自分の一部を知ることができました。

自分を知る・・・これってなかなか難しいですね。案外自分は見えぬもの~です。でもなにか手がかりがあれば助けになります

ある出来事に対して、ネガティブな反応が強く出る時、それは触れられたくない過去の傷がそうさせるのですね。

自分がどんなふうに育ったか、を観ると合点がいったりしますね。

知ってしまえばなーんだ犯人は『これ~!』 ということになり、ピンポイントで癒すことができます^^

子どもは全身で家庭の雰囲気を感じ取っています。私たちはかつては子どもでした。そして親もかつては子どもです。

私たちはめぐりめぐるサークルのなかにいて、自分を知ることで新しいサークルのはじまりとなることができるのです。ドロシーさんのあたたかい言葉がそれを教えてくれます^^
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Mind  full (こころがいっぱい)

Mindfull (注意する、気づいている)

Mind とfull の間にスペースがあるか、ないかで意味がぜんぜん違ってて面白いですね

マインドフルの時は

誰かと話していても話してない.....

景色を眺めていても眺めてない......

何かを食べていても食べてない......

心ここにあらずだから.....こころが空っぽなのではなく、たくさんの想いがつまってる状態です(イラストのように)

マインド フルの状態は こころの風通しがいいということ

見るもの、聞くもの、触れるもの、味あうもの 、感覚がそのままストレートに入 るスペースができる

いつも自分が何をしているか、何処にいるかに気づいていること

そうすればいつも平和の心の状態でいられる

混乱や惑いからも自由でいられる



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            流れの先にあるものは・・・

Mind fullの状態になったらいったん全てを手放そう!

  
~自分のことをあれこれ心配するのをやめ、流れに身をゆだねてごらん。

 肩から力を抜きリラックスし、今、あるがままの 自分を感じるのだ

 あれこれ心に生じる想いは、結局はエゴの為せるわざなのだから~

                         ある先人の言葉


いつもマインドフルでいるのはなかなか難しいですね。

先人が教えてくれているように、思考をストップするには、日常での作業を心を こめてすることが有効のようです^^

自分が今どこにいて、何をしているか・・・に気づいていることはやってみると 簡単なようで、案外難しいです

でも、それを習慣になれば、必要なインスピレーションが湧いてきます。

心ここにあらず....の状態になってしまいがちな私は、これを日々の努力目標にしています^^


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             ミツバチとマーガレット




日記の書き込みが長い間出来ませんでした

来客があったり、小さな旅をしていたりでまとまった時間がとれませんでした

私にとって書く、ということはそれなりに集中力が必要でサラッと書けないのです(^^;

気軽にサラッと書けるようにしたいなぁ~とは思いますがこれがなかなか難しい・・

今日のテーマは『感動』です

感動は心の扉を開き、直感やひらめき得たり、更に幸せな気持ちになる入り口だと思うのです。

一方感動の反対語は退屈、さめていることだったりします

人は落ち込んだ時、落ち込んでいる自分しか見えなくなります。何をしても今の状態は変わらない、と思いがちです。

でも落ち込んでいる時にも好きな本を読んだり、美味しいものを食べて楽しんだり、友人とおしゃべりしたりできる多種多様な自分がいますよね?

だから、問題を無理に忘れようと感情に蓋をすることをせずに、なにか他のことで気を紛らわすこともできるはずです

気を紛らす=頭の切り替えです

気を紛らすのは、落ち込んでいる自分に焦点をあてるのではなく、他の面の自分を楽しむことだと思うのです

脳は新しいことを好む性質があるそうです。停滞を望まないのですね。

音楽を聴く演奏する、絵を描く、踊る、本を読む、自然の中に入り自分を預けてみる、などなど・・・

頭の切り替えが多様であればあるほど、自分のなかに本当の強さが育ってくるようです。

脱線してしまいましたが、感動はそうした中から生まれてくるのですね。

私は今、写真を撮ることに夢中です^^

時には過去の嫌な出来事や失敗したことが心の中に浮かび、油断しているとその中にどっぷり!なんてこともありました(苦笑)

そんな時今は、私はカメラを片手に外に出ます

小さな小さなお花をファインダーから覗き込んでいると、その植物が語りかけてくるような気がして愛おしい気持ちになります

動き回る昆虫達も追いかけて写真を撮ります^^虫たちを愛おしく感じます

いつも本当に美しいな、と感動します!

感動する気持ち(ポジティブ)がでたら、きちんと自身の問題に向き合えると思いますし、思い込みや決めつけから自由になれる、と思うのです

写真ですが、最初は気を紛らす行動であったのかもしれませんが、今では趣味と言えるレベルにまで達しました(笑)やっと~!^^

アップしたビデオはパブアニューギニアの<蛍の木>です

幻想的な美しさに感動しました。