そうは言っても | すべて世は事も無し

すべて世は事も無し

私が「うつ」の沼に足を踏み入れそうになった時に思い出した詩の一遍です。
遥か大空の向こうから見下ろせば、些末な事。
大丈夫!自分を取り戻し、前を向こう!!
「すべて世は事も無し」と言える位に・・・。

先日、アスペルガー夫を持つ方と話をする機会があった。

 

私より年配の方で、夫婦そろってかなり高学歴。

お見合いのような形で結婚され、結婚してからご主人の奇妙さに気付いたとの事。

やはり、はじめの内は「どうして?」と言う事だらけでかなり苦労された様子。

 

ご主人が役に立たなかったので、長女が手を貸してくれなかったら子育てできなかったと話されていました。

 

今は達観されて、「そんなダンナでもいないよりはましよ」と。

「ダンナは放って置けば、自分で自分のルーティンの中だけで動いているから。

定年になれば、仕事へ行っていた時間をまた自分のルーティンに組み込んで勝手にやるから、放っておけばいいだけだから考え様によっては楽よ。

自分はあの人とは行動を共にしないで済むし、外泊・長時間の外出時に<帰る><帰らない>だけを伝えておけばいいの。

気にしないで自分で楽しい事をすればいいのよ。」

 

お子さんがみんな成人している彼女は、その言葉の通り、ほどほどのパートをして働き、趣味の事であちこち出かけて人生を楽しんでいる。

 

「あんなダンナでも、自宅の番としているといいの。」

「自宅警備員は、ウチには娘ワンコがいるので間に合っていますよ。」

と言うと、

「自宅警備員としては犬や猫の方が役に立つけど、そう言うんじゃなくて、役に全くたたなくても、家にダンナがいると言う事だけで世間から守られるの。」

 との事。

 

きっとその方のご主人は、何にも当てにはならない、使えない人であるかも知れないが、モラハラも金銭的DVもない人なんだろうな。

 

私には、老後の習い事や旅行の費用なんか

「ぅえっ!どこにそんな金あんの?高い!自分の分は自分で出せばいいだろう。なんでオレが出さなきゃいけないの?」

とでも言って来るだろう。

とてもじゃないけれど、自分の楽しみなんて楽しめない。

結局、異界の住人の反応を見て生活する様な、縛られた状態がずっと続く。

 

彼女はアスペルガーに対して達観され、自分軸で人生を謳歌されてて素晴らしいけれど・・・。

モラハラや金銭的DVをする様なアスペルガーではそうは出来ない。

 

いくら家に<ダンナがいると言う事だけ>で何かしらから守られると言う事があったとしても、そこに彼が存在すると言うデメリットに比べれば、大した問題ではない。

 

子供達が手を離れても、私はきっと彼女の様な達観した人物には一生なれないだろう・・・。