ひとりごと① | すべて世は事も無し

すべて世は事も無し

私が「うつ」の沼に足を踏み入れそうになった時に思い出した詩の一遍です。
遥か大空の向こうから見下ろせば、些末な事。
大丈夫!自分を取り戻し、前を向こう!!
「すべて世は事も無し」と言える位に・・・。

カサンドラになってしまった人や、モラハラ被害を受けている人が周囲の人達に相談しても、「みんなそうだ」「よくある事」などと言われて、まるで「我慢が足りない」と責められているみたいに感じてしまう。
 
確かに、暴言・暴力がなければ大した事ではないのかも知れない。
でもね、こちらが悪い事をしていないのに(それどころか一身に引き受けて頑張っているのに)訳もなく傷付けられ・・・。
 
1つ1つは小さな事かも知れないけれど、それを毎日、たった1回としても1年で365回、5年で1825回。じゃあ20年では? 
7300回だよ!(しかも、ホントは1日1回じゃ済まない。)
ねえ、一体何回まで我慢しなければいけないの?
 

紙ヤスリで削られても、ちょっとしたスリ傷程度で大した傷にはならないけど、それが治る暇も無く、手当もしてもらえないままに心を削られ続け・・・。

1回ではスリ傷を付ける程度の攻撃力しかなくても、何百回も何千回もやられる内に段々と心が出血する程の傷になり、肉を削り取られ、その内、心に大きな穴を開ける程の破壊力になるんだよ。
ジワジワと長年に渡り、被害を受けている側も気付かない程に少しずつ・・・。
 
被害者は、いつの間にか「うつ」など精神に不調を来す病気になっていたり、身体に不調をきたしたりしてやっと「何かおかしい」と気付いたりする。気付いた時には、取り返しのつかない程の傷になっていて・・・。
 
当の本人は、自分のしてきた事は覚えていない。または、そんなつもりで(傷つけるつもりで)やってないから自分のせいじゃなく、勝手にそっちが被害妄想で傷ついたんだ・病気になったんだと言い張り、自分の言動の責任を擦り付け、更に傷を深くえぐって来る。
 
自分のした事に対し、他の人から「嫌だ」と言われたら、大多数の人は「そんなつもりなかった。ゴメン」とか、「そういう事は嫌だったんだ!やらないやうに気をつけよう。」とか思うのに・・・。
 
自分の言動の責任を人のせいにしない人なら・・・。
そう言う普通の感覚の人なら、奇妙な人と思ってもここまで苦しまなかったのに・・・。
 
ねえ、どんなに不愉快な傷つく言い方をされても、毎回、相手の言動を良い意味に変換して受け取ってあげなくちゃいけないの?
それはいつまで続けなくちゃいけないの?
どれだけ善意を与えなくちゃいけないの?
与えた分のエネルギーを返しもしない人に?
 
子供が独り立ちできる様になるまで・・・。
そこまでは我慢しなくては・・・。
子供に対する責任がある。
 
自分がACだから、余計にそう思う。
自分が苦労した事を子供に味わわせたくない・・・。
私が離れる事で、子供の将来の選択肢を潰してしまいたくない。
 
そう思って頑張ってきたけれど・・・。
 
 

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私の体験で「自分もそうだ!」と気付く事で、心を傷つけられた方が少しでも自分の心を取り戻す事ができたらと願っています。

 

尚、このブログに書かれる受動型アスペルガー夫(未診断)については、その他の同様の症状をお持ちの方を傷つける意図で書いているわけではなく、あくまでダンナ限定である事をご承知下さい。

アスペルガーであっても、自分の症状に苦しみ、他の人と上手くいく様、一生懸命に努力している方を何人も知っています。

一つの例としてお読みいただければ幸いです。