日本のIT化が遅れている原因 | ONCE IN A LIFETIME

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フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

最近、トレンドとなっているひろゆき氏の切り抜き動画であるが、そのうちの一つにおいて、「なぜ日本はITで遅れをとっているのか」という視聴者からの質問があった。それに対してのひろゆき氏の回答として、「日本は出来ない人に合わせる事を前提としているから」というものであったが、それは確かにそうであり、相変わらず非常に的を得た回答であったかと思う。

 

デンマークなどは2025年ぐらいを目処に、現金を廃止して完全なるキャッシュレス社会となるようである。イコールスマホやネットが使えないとまともに生活が出来ない、という事にもなるのであるが、そこで問題となるはずなのは当然それらに馴染みのない人たち、特に高齢者たちをどうするか、という事である。実際にどうしているのかまでは調べてはいないが、そこまでのレベルになると、分からなければ覚えてください、と言う以外の選択肢はないだろう。いわば、海外で生き抜いて行くためには嫌でも現地の言葉を覚えていかなければならないのと同じように、生きるためには好き嫌いなど言ってられない、という話になる訳だ。

 

つまり、出来ない、覚えようともしない人間は切り捨てる以外ない、という訳である。これはワクチン接種の案件からでも分かるよう、妙な平等主義が未だに蔓延る日本においてはおそらく未来永劫的に不可能ではないかと思う。日本におけるキャッシュレスも、ここ数年で一気に加速化はしているものの、体感上未だに7割ぐらいの人間は現金主義であり、わずか数百円の買い物にすら万札を出すという輩も全く珍しくはない。

 

私自身は2015年頃から、小銭入れぐらいしか持たなくなり、いわゆる財布は持ち歩かなくなった。言うまでもなく、キャッシュレスの方が遥かにメリットが多いからである。ここで現金至上主義者たちは、災害になったらどうするんだ、というお得意の理論を振りかざしてくるのであるが、停電レベルまで起きる災害などはそうそうないし、あったとしても日本の復旧の素晴らしさを考えたらそうそう何週間も続く訳がない、という事ぐらいは分かる。そんな特殊な例を持ち出してまで、現金に固執するのは一種の病気なのでは、とも疑いたくもなるが、こう言う人たちの思考を変化させるのは容易ではない。

 

なので、日本が北欧や中国のようにキャッシュレス中心の社会にさせるためには、政府が主導となってでも、半ば強制的にでもキャッシュレスの支払いを強要するか、もしくは現金を使う事のデメリットを示すしかないのだ。しかし、前述のように、「分からない人たちを前提としている」日本の文化においては、繰り返しとなるがまあおそらく不可能に近い話だろう。