ホテルでのお仕事。 | ONCE IN A LIFETIME

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フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

日系旅行会社の、ニューヨークパックツアーにおいてもっとも定番とされているのが、ニューヨーク・ヒルトン・ミッドタウンだ。グレード的には三ツ星ぐらいだとは思うが、近辺へのアクセスの良さ、1500を数える客室、またHISの支店や、日本語放送など、一応日本人向けへのサービスも配慮されている点などから、NYCにおいては中心的存在のホテルとなっている。

とは言うものの、東海岸と言う立地もあり、決して日本人旅行客が多いとは言えないNYCにおいて、英語の話せない一般的日本人旅行客が、ストレスなく泊まれるホテルはもちろん日系をおいて他にはない。しかし、それに相当するのはGrand Central駅南方に位置する、ホテル・キタノ(The Kitano)ぐらいであろう。当然、そこにしかない大きなアドバンテージがある以上、価格は高めで、それらサービスを受けるためには「それなりの」料金は必要だ。

仕事柄、絶対に切っても切り離せない存在である一流のホテルたち。ただ、世界一滞在費がかかると言われているマンハッタン、最もリーズナブルなグレードである、上記ヒルトンでさえ、1泊250ドル前後かかってしまう。ここにはほぼ毎日、と言っていいぐらいの頻度で通う事となり、お部屋も何度も拝見させて頂いたが、一部プレミアムやリノベーションされたフロア等を除き、かなり施設にはボロが出ており、泊まるには十分とは言え、部屋も特に広いとは言えない。ここに1泊泊まるだけで、3万円も取られる。たった1泊で、成田~台北間の航空券が買えてしまう事になる。毎回、1泊30ドル程度の、重慶大廈内のゲストハウスを探している自分にとっては、とても払う気になる事の出来ない金額だ。

もちろん、マンハッタンにも1泊100ドルを切るような、ゲストハウス的ホテルは存在する。しかし、最低でも22万円からなるパックツアーに、そのような選択肢は最初から存在しない。もちろん、パックツアーであれば航空券もホテル代もコミコミなので、個人で手配するよりも大分割安ではあるのだけれど。

そして、現地旅行代理店の重要なお仕事のひとつが、ホテルのチェックインをお客様の代わりに行う事が挙げられる。正直な話をしてしまうと、これまでの私自身の海外での経験から、どうしてチェックイン程度でアシストが必要なんだろう?と不思議に思っていた。しかし、実際に目の当たりにしてみてその理由が分った。後述するプリチェックインもそうであるが、御用達のヒルトン・ミッドタウンにおいては、正直なところ、かなりの確率で灯りやシャワーに問題があったりした。また、事前予約されているので部屋は当然確保はされているものの、ごくまれにではあるが、ブッキング内容と異なる部屋が用意されている事もある。

その場合は交渉が必要となるのだが、もちろん英語となる。日本人全員の平均の英会話レベルを考えた場合、これはかなり困難と言わざるを得ないだろう。一応、スタッフの中には日本語も話せるスタッフも居るのではあるが、いつも居るとは限らないし、完全に理解するのは難しいだろう。それをお客様に代わって対処するのが、アシスタントの役目だ。

アシストは、基本的にはオフィススタッフとは異なるガイドさんたちの役目なので、それに加えインターン生の私が出る幕は基本的にはなかった。しかし、その代わり、後半からはそれがある日は、ほぼ毎日「プリチェックイン」を任された。呼んで字のごとく、チェックインを事前に済ますと言う意味だ。なぜ、その必要があるのか。一部の便は、夜18時過ぎ以降にJFKに到着する。そこから入国審査、ピックアップなどを含めると、早くてもヒルトンに到着するのは午後8時以降となってしまう。もちろん、時間もないし、お客さんも長旅でくたくただ。そんな時に、パーツ故障などのトラブルがあった場合はどうなるか。部屋を移動する羽目になるかも知れないし、時と場合によってはクレームは確実だ。それを避けるため、事前にチェックインして部屋を確保しておき、完璧な状態にしてガイドにバトンタッチする。それが、プリチェックインの役目だ。

プリチェックイン自体は、難しくはない。事前にオフィスで受け取った、一覧表を持って行き、カウンターパーソンに見せるだけだ。当然、セキュリティにも関わる事なので、顔を覚えられるまでにはフォトIDの提示を要求された事もあった。無事、エージェントの使いと認識されると、キーを人数分用意してくれる。

もちろん、受け取るだけで終わる訳ではない。メインはここからだ。指定の部屋に向かい、灯り、シャワー、テレビ、カーテン諸々全てチェックする。全て問題なければ、再びカウンターに赴きキーを返却して終わりだ。しかし、前述したようヒルトンは古い建物だ。経験上3割近い確率で、何かしらの不具合があり、特にシャワー関係が多かった。

そうしたらどうするか。まずは部屋から直接レセプションへ電話をかけ、メカニックを呼んでもらう手配をする。もちろん英語で。言葉だけで説明しきれる不具合なら余裕だ。しかし、シャワーのパーツ類など、どうしても言葉だけでは伝えきれない不具合も存在する。その場合は画像か動画に収めて、直接カウンターに見せる。英語名の分らないパーツは、"I don't know how to say this equipment in English."などと言えば理解してくれる。そこで、メカニックを呼んではくれるのだが、何せ1500もの部屋を所有するヒルトンだ、彼らが来るまで早くて15分、遅くて1時間かかる事もある。

そして、電話で済ませられればいいが、前述の画像必須の場合は、もちろんカウンターに行かなければならない。しかし、マンハッタンで最もメジャーなホテルのひとつだ。時間帯によっては長蛇の列が出来てしまい、プリチェックイン後に用事を任されていた時などは肝を冷やしたものだ。

また、初期の頃は部屋ごと交換、と言うのもお願いしていたのだが、交換した次の部屋も不具合、と言うのもざらだったので、後半はほぼメカニックを呼んでの対処となった。

なかなか大変な事も多かったが、個人的には悪くない役割だった。まず、英語が話せる。オフィスは日本人のみなので、英文メールは読む事はあっても、話すのはたまに電話を取った時程度しかない。しかも、基本的に私はサポート程度で深い事情などには蚊帳の外なので、すぐにマネージャー陣に渡す事となる。だから、プリチェックインは英語を話せる貴重な機会だった。

プリチェックイン時には、前述のよう一覧表を見せるだけで良いので、高度な英語力は必要ない。しかし、不具合があった場合はそうはいかない。当然、基地のマクドナルドなどで使用する英語よりも、遥かに高度な英語力が要求される。もちろん、すでに私はそのぐらいの英会話力は備わっていたし、またその能力が、人様の役に立っている、と言う事も同時に実感する事が出来ていた。もちろん、ネイティブにもはっきり自分の英語が伝わっている事への自信も付いた。最初から不具合がないのが一番楽で早く終わるのは間違いないのだけれども、あったらあったで学ぶ事も多かったので、時間さえ余裕があれば悪くない事ばかりでもなかった。

このように、何度も何度も通う事となったので、一部スタッフからは顔を覚えられる事となった。あくまでスタッフの一員、I'm Stephen(スティーブン)と名乗った事はないので名前は知らないとは思うのだが、帰国前の最後のプリチェックイン後に、一番お世話になったジェイソン氏に挨拶と握手をして最後のお別れをした。

このように自分としてはそれなりに頑張ったおかげで、周りからも上々の評価を頂いた。前述のよう、自分の成長にも繋がる、と言うのも確かにありはしたのだけれど、やはりそれ以上に、最低でも20万、ピーク時だと30万と言う大金を払ってNYCにやってきてくれているのだ。それだけ払っておいて、ただでさえ部屋が物凄い豪華、とは言いがたいヒルトン。もし、自分がそれだけ払ったにも関わらず、不具合が存在する部屋に泊まらされたら、絶対に納得いかないだろう。自分がそう考えるのであれば、お客様、誰しもがそう思うのは当たり前の事。1泊30ドルの香港のゲストハウスなどとは金額の桁が違う。それを考えたら、どんなに時間を費やしても、完璧に遂行したいとの気持ちが生まれるのは当然の事だった。