チャイナタウン | ONCE IN A LIFETIME

ONCE IN A LIFETIME

フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

ニューヨークに着いたら、真っ先に訪れたかった場所。それはヤンキースタジアムである事は前回触れたが、正直なところ、本当にNYにおいて感動、興奮した場所と言えばその程度であった。つまり、NY好きな人には悪いものの、私におけるNY観光は、ヤンキースタジアムのモニュメントパークと、ミュージアム、そして試合観戦を行った時点で、もうすでにかなりの部分で終了してしまっていた訳だ。その後、研修でも色々な場所に行く事になり、主要な場所は大体回っては来たのだが、正直な所初めてヤンキースタジアムを訪れた時のような感動はなかった。

しかし、次はいつどころか、もしかして一生来れないかも知れない夢のニューヨーク、さすがに休日は日本のように家でゴロゴロしている訳にもいかず、日曜日のオフィス勤務が終わりに近づく頃には、色々なプランを考えてはいた。

そこで思いついたうちのひとつがマンハッタンのチャイナタウンだ。実は、チャイナタウンを訪れる事自体は、NYに着く前から考えてはいた。しかし、ご存知のように、住居となるエルムハースト自体がすでにリトルチャイナと言う感じであり、そこらじゅう溢れる漢字の看板、アメリカンテイストなど皆無、わざわざ電車で数十分乗ってまで別のチャイナタウンに行こうなんて気は完全に消えうせていた。

しかし、5月初のオフ、マンハッタンのミッドタウンにおいて、ネットで知り合ったアメリカンの男性とカンバセーションを取る事になった。仕事で毎日マンハッタン、しかもほぼ毎日数時間外回りをされる生活を送っていくうちに、せめてもの休日だけはクイーンズに居たい、と思うようになっていた。なので、何かしらマンハッタンに用事でも生まれない限り、休日に寄る事は滅多になくなっていたので、そこに予定が生まれた以上、その前についでのチャイナタウンでも寄ってみるか、その程度の動機で初めて訪れる事になった。

マンハッタンのチャイナタウンは、南部、通称ロウワーマンハッタンに位置する。最寄り駅のCanal Street駅は複数の線によって構成される広範囲に広がる駅であり、マンハッタンの東西どの位置からでも比較的行きやすい駅となっている。出口はバラバラではあるが、ほとんどの乗客が中国人なため、基本的に彼らに付いて行けば自然とチャイナタウンに着ける、と言った感じだ。

しかし、正直な所、このマンハッタンのチャイナタウンは、私にとって何の面白みもない場所であった。途中、適当に探索していたら道に迷ってしまい、そのせいもあったのかも知れないが、特に感動も驚きもなく、特に見るべきものはなかった。あえて挙げるとするならば、せいぜいクンフー・格闘技ショップにあったブルース・リーの書物ぐらいだ。それも、特に目新しい物がなかったので、何も買う事はなかった。ただ、華僑は広東語話者が幅を利かせているので、それは聞いていてある種の心地よさを感じる事だけは出来た。

と言う訳で、マンハッタンのチャイナタウンに訪れたのは、結局これが最初で最後となった。一番の理由は、地元の最寄り駅からは非常に時間と手間がかかる、と言う理由ではあるが…半ば観光地化されており、人がごった返しているのも何かうざく感じてしまった。

しかし、ニューヨークのチャイナタウンはマンハッタンだけではなかった。ブルックリンに最大の中華街があるとされているが、クイーンズにもあった。しかも、地下鉄1度乗換えで20分程度で着く事ができ、ラガーディア空港にもほど近いフラッシングだ。最初はあまり乗り気ではなかったものの、ネットで調べていくうちに、大規模なフードコートや、中華料理を食するには事欠かない場所である、と言う事を知り興味を持ち、6月の上旬ほどに初めて訪れる事になった。

フラッシングへの行き方は、メッツの本拠地・シティーフィールドへ向かう際に乗る地下鉄と一緒、7番線、しかも終点でもある。マンハッタンからはピークタイムオンリーの急行線を使わないとかなりの時間を要してしまうが、幸いエルムハーストからはほど近く、前述のよう早ければ20分程度で到着する事が出来た。

その後、何度もフラッシングへと向かう事になるのだが、それ目当てと同じぐらいに7番線に乗るのが好き、と言うのもあった。と言うのも、クイーンズ以東から終点のフラッシングまでは、ずっと地上の高架区間を通るからだ。エルムハーストからマンハッタンのオフィスへと向かう際は全て地下なので、高架というのは非常に新鮮、そこから見えるクイーンズの住宅街を見るのも楽しみのひとつだった。ただ、そこから見える景色のほとんどは、とても裕福とは言えない移民の住宅街。壁には落書き、今にも崩れそうな壁、地元・エルムハーストが遥かにマシに見えるその光景を見る度に、民族間の格差を考えずにはいられなかった。

そして前述のよう、終点・フラッシングのひとつ前はメッツのシティ・フィールドの最寄り駅だ。車内から球場が見えるのはもちろん、改札を降りてまっすぐ階段を下りれば一瞬で敷地内に付くので、アクセスと言う点では極めて良好だった。球場の作りも、ヤンキースタジアムに比べコンパクトに作られており、前者では辿り着くのも一苦労な、両翼の席にも割りとすぐに着く事が出来るのも楽であった。もちろん、我が家から遅くとも30分以内には着くという、アクセスの良さも最高だった。おかげで、翌日が仕事でも余裕をもって帰宅できたものだ。

しかし、ヤンキースタジアムと比べて決定的に不便な所があり、それは球場周辺には本当に何もない事だった。当然、売店もデリすら存在しないので、空腹のまま駅に着いてしまったら、球場内に入って何かを食するしかない。しかし、ここもヤンキースタジアム同様、球場内の食べ物はでたらめに高い。当然、水は5ドルする。チケット自体は15ドルからと安い分、下手すれば飲食物だけでチケット代以上になる可能性すらあった。

では、一体観戦前にはどうしていたか?そこで訪れていたのがフラッシングだ。駅を降りてすぐ、Macy'sの真横に小規模なモールがあるのだが、その地下1階に中華料理オンリーのフードコート、そして反対側の1階にも小規模な飲食店があったので、そこで思いっきりお腹を満たしてから球場へ向かっていったものだ。

もちろん、フラッシングに訪れたのは観戦前のみではない。ここで売っている、ホットアンドサワースープに思いっきりはまってしまい、週に1、2度はこちらに足を運ぶようになってしまった。そして、何より安い。出来たて感こそないものの、5ドルもあれば十分お腹いっぱいになれる。食費を抑える事が滞在時の最優先事項だった私にとって、フラッシングの物価はまさに聖地に等しいものがあった。

ただ、フラッシングで目当てだったのはあくまで食事のみであり、他にめぼしいものはなかった。もしかしたらあったのかも知れないが、わざわざニューヨーク、念願の英語ネイティブの国にやってきて、中国語にしか囲まれないと言うのはあまりにもナンセンスだ。中国大陸の人間と、彼らの間でどの程度のアイデンティティの隔たりがあるのか、には多少の興味は生まれたものの、結局友人も出来る事はなかったし、自分にとってはあくまで食料補充所、との意味合いでしかなかった。もちろん、おかげで随分助かったのは事実だし、それはもう本当にありがたいものではあったのだが。

シティ・フィールドに関しては、結局3回程度しか足を運ぶ事はなかった。一応、開催されていれば通うようにはしていたのだが、比較対象となるのが名門中の名門球団とあっては、そちらを選ぶのはやむを得ない事だった。しかし、一度だけヤンキース戦を選んで後悔した事はあった。初めての田中マーの先発だったので、そちらを選択するのはごく当たり前の選択肢ではあったのだが、何とシティ・フィールドのジャイアンツ戦で、そのピッチャーがノーヒッターを記録してしまったのだ。テレビでは巨人・槙原の完全試合など見た経験こそあるものの、当然球場ではゼロだ。大リーグでは比較的ノーヒッターの割合は多いとはいえ、それでも年に何度もある訳ではないし、結果論とは言え、後でニュースで知り愕然としてしまったものだった。