今日は日本人的に見れば、かつて海の日だった日、
しかし世界的に見ればブルース・リーの命日としてあまりにも有名な日。
だから毎年7月20日が近付いてくると、
自分の誕生日以上に、
「ああ、今年ももうすぐ7月20日か…。」
と切なくなってしまうものだ。
そんな大事な7月20日を、
今年は東南アジアにて迎える事になりました。
80年代の日本では、
ジャッキー・チェンが爆発的な人気を誇っていて、
少なくとも普通の日本人なら知らない人はいない、
ぐらいのレベルまで達していたと思う。
俺の姉も大ファンで、
良くテレビ放送を見ていたものだけど、
対照的に俺は全く興味なく、
と言うか映画そのものに全く見向きもせず、
大長編ドラえもんと同時上映ものしか見たことはなかった。
そんな俺がブルース・リーに関心を持ったのは、
高校時代大ファンだった船木誠勝が、
初めて憧れた男が彼だったと言うこと。
当時の船木はカリスマ性に溢れていて、
こんな凄い人が憧れた男はどんな男だったのだろう、
とそこで初めて関心を持ったんだよね。
しかし試しに借りてみた
「燃えよドラゴン」は個人的には全く感銘を受ける事もなく、
期待外れに終わった俺は他の作品も借りる事はなかった。
翌年、ブルース・リーがある空手雑誌の表紙となり、
そこで初めて「本物の」マーシャルアーティストだったと言う事を知り、
また関心が出てきたんだけど、
さすがに雑誌の記事だけではまだ凄さは分からなかった。
そして2ヵ月後、
今もある相武台前のTSUTAYAに向かうと、
全作品と伝記映画の「神話」が揃っていたので、
ものは試しにと思い、それと「ドラゴンへの道」の2本を借りたんだ。
「燃えよ」の事があったから、
正直ほとんど期待せずに「神話」から見たんだけど…
あまりにも格好良いオープニングから引き込まれまくり、
生い立ち、子役時代、そしてアメリカ時代と全くだれる事もなく、
香港映画での雄姿が映し出された頃には
完全にブルース・リーの虜になっていた。
「世界にはこんなに凄い男がいたんだ」
VTRが終わった頃には
何かに取り付かれたかのような興奮状態で、
かつて何千万人の男がそう思ったよう、自分も
「ブルース・リーのようになりたい」
と思ううちの一人になっていた。
それほどまでに衝撃的なものだったし、
未だにこれを超える衝撃には出会っていない。
もちろん英語を話せるようになりたい、と思ったのも、
「彼と同じ言語を話したい」
その一心だけだったし、
今でも初対面の外国人には
"I have had a great respect for Bruce Lee for a long time."
と言っている。
これまで彼を知らない外国人には会った事ないし、
それだけでも彼が世界中に与えた影響の大きさを、
そしてBRUCE LEEと言う名前が世界の共通語である、
と言う事を改めて認識させられたものだ。
その後数え切れないほどのカンフー映画が製作され、
ジャッキー・チェンやジェット・リーらの後継者も生まれてきたけど、
彼らですらブルース以上の衝撃を与える事は出来なかったと思う。
主演作品が5本しかないのにも関わらず、
世界中で数え切れないぐらいのDVDがでまくってるし、
もちろん書籍や写真集などもなくなる様子がない、
そう思うとこんなヒーローは2度と現れないんだろうなぁ、としみじみ思う。