気持ちの整理がつかないときは

つけなくていいのか

何か思っていることを全部書き出した方がいいのか

時々あの場所に帰ってる

青島のPCルームに戻っている

いくらか、一時間30円だったか、もう忘れたけど

それくらいを払って

自分は持っていなかったPCで

想いのたけを書き始めたのが全ての始まり

それまでもあったけど

それ以上に思うことを書くようになった

あの時に出会った人たちは

自分の交友関係を表しているようで

普通の人なんていなかったし

みんなどこかおかしかったよね

自分は それまで何にも何も、変ではないと思っていたけど

そこに触発されたか、最終的に変なところが芽生えた

そんな普通じゃない光景を 経験を

あなたに一つずつ話したところで理解もされないし

何の自慢にもならない

ずっと継続していくことで

ウルトラCがないってだけが真理で

そして最終的には誰かのためにっていうのが

全ての大元だと思うんだけど

それすら時々、どうでもいいんじゃないかって

いつかどうでもよくなるんじゃないかって

思ってる

 

時々自分の人生で信じられないくらいむごいこと、ひどいこと、悲しくて辛くてどうしようもないことが起きて

わたしはひどく凹むけれど

それでも死なずに生きているのは

なんとかなるやって最終的に思っているから

下を見ればもっとあるだろうし

上なんて眩しくて見上げてらんないけど

それでも人は忘れる機能を持っていて

賢くて馬鹿だなあと思う

 

早く忘れたいって思うけど

こんな感情要らないって思うけど

それでもこの落差によって

ある程度幸せを感じられているし

きっと生かされている 人生の悦びを

 

誰かの共感とか

大多数のマスやマジョリティが

どうでもよくなる個性の時代が来るなら

幼少期から抱えた想いも少しは

役に立つのかな

このために生きてきた と

どうしていいか分からないものを、全部やりたくないと言って放置していたら

何がしたいのか分からなくなった件。

 

人っていうのは、欲とか甘えに本当に弱いですね。いくらでも楽したがる。

出来れば苦労はしたくないし、恥をかくようなこともしたくない。それ故に困難に立ち向かうことや、挑戦することを辞めてしまう。途中で「疲れた」と言って。だから、そういうチャレンジをしている人を見ると、「素敵だな」と思う。自分に出来ない難しいことをしている人は、今後も生き残っていくだろうから、一緒にいたら「大丈夫」という安心感を与えてくれる。いくら自分がだめでも、「この人が助けてくれる、守ってくれる、何とかしてくれる」と。だから、少しネガティブだったり、コミュニケーションが上手じゃなかったり、自分より「下」に見える人とは、あまり付き合いたくないと思っている。人間的に魅力に感じないんだよね。いざと言う時に「役に立たない、逃げ出す、失敗して損する。」損はしたくないし人生失敗したくないと思っているから、そういう人は利用価値が無くなれば縁を切る。共通点があって面白そうだと思っても、コミュニケーションの小さなところで、何か違和感を感じると、途端に嫌いになってしまう、興味がなくなってしまう。

人間関係って、そんな風に簡単に終わらせていいものだったかな。何が正しいのかな。こう人とあまり意見を交わすこともなく、自分も嘘を吐いているから、どうしていいかわからないんだ。本音で生きたい。やりたいことをしたい。こういう色々な能力、自分が何を身に付けたのか、どれだけ成長したのか。未だにタスクがタスクがなんて言っているけど、この2年で、何を学んだのか。チャレンジし続けること? 量をこなすこと? 工夫すること? 何かふわっとしたことしかして来なかったから、本当は何も学んでないし手に入れてないんじゃないの? 目先の数字の達成っていうそれだけで、定性的な何かを学んで来たの? ちゃんと、生きているの? 他人に人生を委ねていないの?

基本的に何でもいい、どっちでもいいで、自分の意思が何もないんじゃないの? 納得して選んだものなんてあるの?

 

何とかしてもらおうとしすぎだし、甘えすぎだ。

お金のことも、仕事のことも、恋愛のことも。相手に求めるばかりで、自分が何か与えたことなんて、ここ数年何もないんじゃないの。

対等よりも、より多くをもらえる人を求めている。欲張り。

落ち着く空間だなあ。

元々ネガティブの塊みたいな私が、こうやって文章に書き起こす時は本当にどうしようもなくなったとき。

誰かに聞いてもらっても、誰に伝えようとしても、落ち込んで辛くなって、うまく言葉に出来ない。

本当に何もしたくなくなるとき。あー自分、何やってるんだろう、って思う時。

 

本当は任されていること、やらなくてはいけないこと、いっぱいある。

あるけど、やりたくないという理由でやらない。やっていない。

 

とても接客が丁寧で素晴らしいなあ。

 

自分の言葉が口から出ても、うまく聞き取ってもらえないことに気づいて

もっと話せなくなったりする。出てくる声がきれいではなくて自分の耳に入れたくなくて、聞きたくなくて

大きい声を出しづらくなる。

変な悪循環にはまっている。どうしてやりたかったのか、だんだん自分で見えなくなって

周りからも疎外されて どうしようもなくなって

自分は何を頑張っているのか 何を頑張っていたのか わからなくなる。

 

時々やってて疲れるよね。

どうしてこんなことしてるのかなって、ぼーっとしたくなるよね。

会社にいるほうがふさぎ込むけど

そもそもなりたい人がいないことや 助けたい人がいないことが一番

つらい要因なのかなって思って言葉にしたけど

結局は全部他責

他責にしないのが一番いいと思うよ