そうだな、やっぱり好きなんだなって思った。
小さいころから好きなものって、恐らく早々変わらない。
どれだけ自分が人生経験を積もうが、外国に往き多くの文化に触れて刺激を受けようが
本質的な、根本は人間って変わらないのだと思う。
そして、変わってほしいとも思う。
今読んでいるマンガがいじめられっ子が主人公で
彼は才色兼備の身体と入れ替わる、という体験を通じて
自分が逃げていたことに気づくのだけれど
恐らくこれはたくさんの人も同じように思うことで
人間って本当に弱くて
どこかで逃げたり 弱くなることで
少しずつ ずれて曲がっていくんだなあ
あなたを知り尽くすことが例え
可能だろうが不可能だろうが
満たされる日が来る筈もない
身体が生きている限り
傍に 置いていて
あー秀逸だなあ本当に
詩が好きだ、言葉遣いが好きだ
時々こうやって思いのたけを自由に吐き出せる場が必要だ
あの頃の 高校の時のあたしたちにはそれがあった
そうやって 傷を舐めあう時間が 暗くなった廊下で 泣きながら語り合う時間があった
どんだけ自分を嫌いになったかわからない
何度問い詰めたか どん底まで追い詰めたか
そのたびに底を見て これ以上下がることはないと口に出して 這い上がってきたんだよね
中国に行ったのは、私にとってかなり刺激のある ストレスのかかる 体験だった
人間は 受け入れるために馬鹿になるというけれどほんとそうで
感覚を鈍らせなければ そこにいることができなかった
辛い人は辞めた
日本に帰っていった
それを何とも思わなかったし
たぶんただ 好奇心だけで生きていたんだろうね
お金儲けをする
お金を生み出す
なんでそれをするか
商売の血が少しでも入っているのだろうか
でも人を騙すのは嫌いだし
自分の考えを押し付けるのも嫌い
自分が大好きだから
(目立ちたくて)
同調したいって思いつつ 同調することに違和感を感じていた
同じであることに安心できるのは
目をつけられない 仲間がいる 称賛される ということだったけれど
誰かの物差しで同じことをしたって「それは自分が好きなものではなかった」
でも何度かやって思うけど
カフェでこうやって ずっとPC見ながらいろいろなこと考えるのって
時間を忘れないわけじゃないけど 悪くないな
自分のアイデンティティを突き抜けさせるか
すべて認めてしまうか
それとも高みを目指すために 少し自己変革をするか
ありのままの自分でいいのか
誰か 社会 世の中の役に立つのか
誰のために生きる
本当 ベースラインで溶けそうだな
この感覚を分かち合う人がいたら
やすやすと 流れてしまうんだろうなあ
どこにいっても動き 流れる 留まらず
やはり 停滞は悪だ 罪だ
平行線なんてありえない
神のみぞ知る なんていうけれど
神すら知らないんじゃないのか
そうであってほしい
きっと 誰にも分からなかった と
であれば納得がいく
そういってよ