人間関係の依存 | アメリカの心理学からの学び、心のメモ帳ブログ

アメリカの心理学からの学び、心のメモ帳ブログ

アメリカに住みながら、教育や精神分析を学んだこと、気づきや心の吐露を思うままに綴るブログ。

私は母との関係が割と依存度が高かった為、友達親子のように仲良かった反面、親離れ、子離れが遅かったタイプ。

当時は気付いていなかったけれど、離婚を機に
アメリカのカウンセリングを受けて、自分と向き合い、気づいたことの一つに自分は母と共依存関係にあったんだ。という事。

半年間のカウンセリングで、離婚を決意して、次の半年で別居から離婚の準備。そして、今年の8月で離婚して1年が経つ。

本当にアメリカのカウンセリングの力はすごい。そして、先生には感謝しかない。先生は私が素直で抜け出そうと頑張ったからだと褒めてくれるけど、先生の導きが無かったら、あの時、カウンセリングに行っていなかったら、私は今も自由を奪われたまま、透明な鳥籠の中にいて、彼の隣で力無く笑っていていただろうしょんぼり



そして、去年の11月から、日本に帰国するまでの半年間で、人との付き合い方(特に母や境界性、依存性の強い人たち) を学び、練習して、母と遂に対峙することに。懸念されるのは母の反応やこれからの関係性だった。

母は、私が母の言った事をなんでも受け入れてくれると思ってるし、お願い事も聞き入れてくれると信じている真顔何でも自分に話してくれると思ってるし、私がやっている事、使っているものは真似したい人。
私が自分と同じ気持ちで、同じものが好きで、そこにズレが生じると傷つく。

自分の嫌いな友達とは会って欲しくないし、自分の好きなものは私にも好きであって欲しい。

私は素直だったので、知らず知らずのうちにそれを受け入れてきてしまったショック
妹は私と真逆で子どもの時から母に反発、剃りがあっていなかった。でもそれは、正常な反応で、全力で

私はお母さんとは違う!と表現していたのだ。


どちらも間違っていなくて、自分なりに自分を守る方法だったと思う。 
私は母の愛を受けたい一心で、母に気に入られようとし、妹は自分の自我を伝えようとしていたのだからうーん

そして、去年、私がカウンセリングを受けて変わって帰ってきたことで、母は私の変わった姿を受け入れられずにいた。最初の1ヶ月は問題なかったけれど、徐々に私との関係は険悪に。何故なら元旦那に母が似ているから。母も若干、境界性があり、依存性もある。典型的な男性に食べさてもらいたい女性。親元を離れる時は旦那に養ってもらう時という考え方。精神的にも経済的にも独立していない。男性にお金をかけてもらうことこそ、女性として魅力的であり、それが幸せと信じている。

彼のようにお金を稼げない人が奥さんを幸せにできるわけがない❗️

なんであんな人と結婚したの?

変な男の人にばかり捕まって!

次第に私と母は、毎朝けんかになりました。
ただでさえ、体調が悪くて、彼と離れる為に実家に避難しているのに似たような性格の母に責められて辛かった。。
私が反撃すると今度はカウンセラーの先生への攻撃が始まる。


カウンセラーの人が良くないんじゃないか。
私が変わってしまった。(悪い方向に)
実際には自分の都合の悪い方向へ。

そして、私は、母との距離を置きたくなったし、これで私のカウンセリングは終わりじゃないことに気がついた。本質は自分にもあった。依存性や境界性を受け入れてしまっている事もこれからの自分を苦しめると。。

そして、NYに戻り、カウンセリングを再開。
そしたら、新しいルームメイトが境界性人格のは人で、これはもう練習するしかない炎
この人を踏み台にして練習あるのみ!となった。

このルームメイトもなかなか強烈だったけど、家族じゃない分、扱い方を知って距離を置くことができ、2月には部屋を去っていった。


それでも4ヶ月間、結構苦しんだ!


今回、先生からのアドバイスは以下。

・母が愚痴やよくない雰囲気になってきたらすぐに部屋を去る

・境界線の無い人なので、部屋にいて、邪魔をされたく無い時はドアを閉め、それでも入ってくるようなら鍵をかける

・出来るだけ、2人きりにならず、父や妹のいる場所で大事なことは話す

・向こうが私の言ったことに傷ついて怒り出しそうになったら、体の一部に触れる

・お母さんは私とは違うからね。人はそれぞれ違う人間だからね。好きだけど、同じじゃない事を会話の中で何度も伝えていく。



今のところ頑張っているけど、なかなか大変です!