先日、大学院の後輩から、メールで出版助成に関する相談を受けました。
無事に採択されたとのことで、それ自体は喜ばしいことです。
ただ、その内容を拝見していて、私はある違和感を覚えました。
助成額はいくらだったのか。
出版社とはどう交渉したのか。
そういった具体的なことを尋ねる内容でした。
もちろん、不安や迷いの中で、経験者に話を聞きたいという気持ちは理解できます。
けれども同時に、それらは個人の事情や判断に深く関わる、とてもデリケートな内容でもあります。
本来、このようなことを尋ねるときには、まず相手の著書に目を通し、その人がどのような考えで、どのような内容を世に出したのかを理解しようとする。その上で、敬意をもって尋ねる。
そうした姿勢が前提にあるのではないでしょうか。
実は、私の本については、以前から購入方法も含めて案内していました。私の本の内容については一切触れられていなかったので、今回のやり取りは、「読んだ上での質問」ではないことも分かりました。また、これまでの言動から考えると、おそらく私だけではなく、近年、助成金をもらい本を上梓した他の修了生にも同様の問い合わせをされている可能性も感じられました。
だからこそ私は、もし本気で出版を目指すのであれば、一人の話だけを聞くのではなく、実際にその方々の本を自ら購入し、それぞれの内容や特徴を比較しながら学んでいくことが大切ではないか、ということもお伝えしました。
ここで私は、改めて考えさせられました。
――本を出すとは、いったい何なのか。
それは単なる「成果発表」ではありません。
一冊の本になるまでには、長い時間と試行錯誤、そして何より著者自身の覚悟が込められています。それらを読むという行為もまた、単なる情報収集ではなく、向き合う姿勢そのものが問われるのだと思います。さらに言えば、出版というのは技術的な問題だけではありません。
助成金がいくら出るか。
どの出版社が引き受けてくれるか。
もちろんそれらも大切です。
けれども本質はそこではなく、
「なぜ、自分はこの本を世に出したいのか」
という問いにあるのではないでしょうか。
私自身は、
真理と出合い、生死を超える身に救われる道が確かにあるということを伝えたい。
その一心で、本を世に出しました。
それは誰かに評価されるためというよりも、自分が信知したことを、そのまま社会に差し出す行為です。
もし本気で出版を目指すのであれば、まずは既に世に出ている本を手に取り、丁寧に読むこと。
そして、自分の原稿と何が違うのかを見つめ、どこをどう深めていくのかを、自分自身で考えたうえで、出版社と丁寧に対話を継続すること。私の本が上梓されるまで10年近くの年月を経ています。
これらのことを抜きにして、
「どうすればうまくいくか」だけを外に求めても、
本当に意味のある一冊にはならないのではないでしょうか。
今回の出来事は、私自身にとっても、改めて「本を出すとは何か」を見つめ直す機会となりました。
同時に、どの世界においても、最後に問われるのはやはり「姿勢」なのだと、強く感じています。
もし今、本を書こうとしている方がいらっしゃるなら、ぜひ一度、ご自身に問いかけてみてください。
あなたは、何を伝えるために、その本を書こうとしているのでしょうか。
その中に、他者に差し出すに足る何かはありますか。
そこからすべてが始まるのだと思います。
