ケネス田中さんは、戦後まもなく山口県に日系アメリカ人の家庭に生まれました。幼少期にアメリカへと戻り、その後1975年に再び日本に渡り、大学で教鞭を取り、浄土真宗の僧侶の資格も持っていて、日米間の仏教に関する文化的架け橋としての役割を果たしている。田中さんは、現在もアメリカ仏教の研究者として、欧米社会における宗教的傾向の変化について精力的に分析を行っています。

 彼は、2017年5月27日に京都の大谷大学で開催された親鸞誕生会の講演において、欧米においてキリスト教やユダヤ教の信者が減少する一方で、仏教を含む他の宗教への関心が高まり、宗派に属さない若者が増加している現象について言及しました。また、著名人が仏教に興味を持ち、仏教徒に改宗する事例が増え、いわゆる「ナイトスタンド・ブッディスト」と呼ばれる個人的な信者が増加している現状を紹介しました。

 田中さんは、宗教形態の変遷についても述べ、人々が「信じる宗教」から「目覚める宗教」へと関心を移していると指摘しました。彼は、仏教が「目覚めの宗教」であるだけでなく、私たちが「目覚めた者となる宗教」である点において、キリスト教の「信じる宗教」とは異なり、そのために仏教を求める人々が増加してたのではないかと分析しています。

 浄土真宗は阿弥陀如来の本願力の智慧と慈悲を信じることで救われると教えといわれます。しかし、「他力」、「手放し」という救いの特徴からも分かるように、信じることすらも全てが如来の働きです。絶対他力に私たちが信じさせられるいう表現が的確です。ただ、説明的になるので、信じると表現しているので、ここを誤解する人も少なからずいるかもしれません。そこで、説法で聞いた後の対話が重要になるのです。質疑応答を繰り返すことで救済の理解を深めることになるからです。

 このように、仏教に対する世界的な捉え方は変貌を遂げつつあります。唯識に基づいた瞑想やマインドフルネスといった実践は、アメリカから日本に逆輸入され、現代の日本においても静かな広がりを見せています。しかし、田中が「マインドフルネスはアメリカの現世利益」と評している点も、現代仏教の受容における興味深い視点です。(中略)

 身体的な修行ではなく、浄土真宗は、言葉による聞法、質疑を重ねることによって、阿弥陀仏の大慈悲心の中に抱かれていることに気づくことが本願に救われた状態です。聞法は言葉で伝えられるので、言葉を大切にします。つまり、阿弥陀仏の本願の生起本末のいわれの説法を何度も聴聞して、その真意を自分に当てはめて、僧侶、布教使との間で質疑応答を繰り返し、自身の身の上に阿弥陀仏の本願力が届いた体験ができたことを慶ぶものでする。それまでは聞法と質疑を何度も繰り返し聞く教えなのです。