疫病禍でも私は謎の液体も受け入れず、マスクもつけず(どうしても無理なときはマウスシールド等)、PCR検査も拒否しました。そうしている間に2023年謎の液体の治験期間が終り、マスクも本人の意思に任せる状況に変わりました。

 殆どの人が治験に無料で参加し、真夏でもマスクを付け、当てにならない検査を強いられた印象操作をマスコミはしてきました。でも、実は私のように情報操作を疑い、それらに乗せられずに生きている人は多くいたのです。どういうことかと言えば、ただ、自身がその様な生き方を選択しただけです。

 いまここを生きると毎回、自身が選択することになります。そのときに、一つ一つを自身が選び、責任を取る生き方を皆がしていけば、為政者、軍産医複合体の犠牲、獲物、餌食、被害者になるところから離れることができます。

 特に身体に入れるものは、死ぬくらいなら拒否したらよかっただけです。マスクは血圧が上がり、酸素不足でめまいがしたので私はつけられませんでした。検査は検査を作った研究者が病気を判断することでは使うなと言っていたのを知っていたので受けませんでした。

 いまも、これからも人は自分の選択した世界を生きていくのです。為政者、政府、会社組織等が個人を守るものではないことをこの疫病禍で多くの人は学んできました。ただ、これからも無邪気に国や大きな組織が自分を守るものだと信じて生きても別に構いません。個人の自由です。それでも、もう化けの皮が剥がれて、攻撃して場合によれば殺しにかかってくることもあることを知ってしまったなら、できるだけ死なないように、嫌なことは嫌と声を上げ、従わないことです。為政者というのは何かと管理したがります。罰則を設けて罰金を取り、人々の自由を制限するのが好きなのです。努力義務が、法律化になり、どんどん規制を強化される前に、嫌なことは嫌、自身が不利になることには従わない意思を示し、別のパラレルワールドで楽に自由に生きていくこともできるのです。

 義務化の方向で有識者会議で検討すると脅されても、それをしたら混乱が起きて、さらに酷い状況になることは継続はできません。女子学生が部活動の帰りの道で、中自転車走行中にヘルメットをかぶって死んでも誰も保障してくれなかったでしょ。