2020年
コロナ検査の陽性と感染、発病は異なります。マスコミに正しい表現をしていくように要求すべきです!機械検査の数値はあくまで参考で、人が人を診察するのが医療の基本です。人を見ず、パソコンの画面を見て患者と話す医師は信用なりません。機械に人間が使われてはなりません!
コロナ騒動の言動から、その人の人生に対するスタンスの違いが浮かび上がってきます。縁が遠のいた人もあります。でも、そういう人は日頃から、言動が大丈夫かと感じていた人でした。早めに別の道を行く、別の学びをする人だと気がついて佳かったです。
言葉遣いが汚い人、比較から離れられず、自分が可愛いために他人の人格を尊重できない精神的に未熟な人たちとは距離を置いてきました。他人を不安に陥れ、希望を与えられない人たちと大事な時間を過ごす訳にはまいりません。
眼差しや声が威張っている人は心の弱い自信のない人です。真理を知り、使命を果たそうとしている人は自然体で堂々としています。そして何より智慧と慈悲が充ち満ちています。
コロナでむやみに不安を煽るような陽性者を感染者と誤った表現をし、陽性者の数字だけを発表するテレビを中心としたマスコミや自治体の首長に断固たる抗議をしていくことは大切です。重症者、死者、外国人の割合なども明示しなさい!
医師や宗教者、もしくは教師、政治家等は名利のための言動をしてはなりません。有名になりたい、賄賂をもらいたいという気持ちが少しでもあれば、どんどん本来の使命から遠のきます。心して日々の任務に当たって欲しい!
2022年
「中三の同窓会」
先生お二人、生徒六人のこじんまりとした集まりが、担任の先生の行きつけの居酒屋のお座敷で先月末にありました。
担任の英語の先生と、一年、三年(二年は産休でした)に数学を習った先生はお変わりないお元気な様子でした。先生方からご覧になった私たちはどうだったのかな。男子は髪が薄くなったり、白髪交じりでした。女子はもう一人の参加者と私だけでした。自分は変わっていないつもりでもあの人も年を取ったものだと思われたかもしれません。
同窓会といっても、疫病下で数名が直前になって来られなくなったりしました。また、出てこられる人は会費や今住んでいる所から会場までの交通費が出せて、時間にも余裕がある人なのかとも感じました。二十代で抗争に巻き込まれ銃弾で帰らぬ人になった男子の話を何とも言えない感じで聞きました。実家の電話が通じたのは僅かで、中学から現在まで何とかやり取りしていた人たちの情報を集めて幹事の方々が奔走してくれました。
在学中の出来事を思い起こされるクイズなどで話が盛り上がりました。担任の先生が私たち全員の飲み物をご馳走し、会費の一部を返還して、出し巻き卵と、焼き菓子のお土産をくださいました。事前に記念品を打診したところ丁重なお断りがあったと聞きました。私たちは中学でも今でもお世話になり続けていて、何もご恩返しができていません。
先生は現役の英語の先生であると同時に、そこの教育機関グループの理事長をされています。博士論文を出して学位が取れたら、何らかの形で先生のお手伝いがしたいと当日交換したラインのアドレスにお伝えしました。欠員が出たら来てくださいとのことでした。小学校から大学まであるので、保育士、幼稚園の教員資格を持つ私は新たにそれらも創れたらと思っています。立ち上げやその後の園長職か子どもたちの話し相手や親御さんのカウンセリングや外国から来た子どもたちの日本語指導が出来たらと考えました。
学校ではないですが高齢者や自閉症などの発達障害のグループホームなどの経営も広げられたらと夢は膨らみます。いろいろな資格を取ってきた経験値が生かせるなら使っていただけたら本望です。
それから、私は今生で生死輪廻を超える体験をするために自分のことで必死だったので、周りの人や色々な出来事が記憶からすっぽり抜け落ちてしまっていたことにきづきました。今でもですが、阿弥陀さまだけに憶いが向かっていて、周りの人間にどう思われているかほとんど気にならないからかもしれません。高校時代のことも怪しいです。私が入学した当時の立命館大学法学部はクラス55人中女子5人でその後も本当に勉強に特化できる環境で桃源郷のようでしたので、ポツリポツリと楽しかった記憶が取り出せます。
再会できた当時のクラスメートたちは、全く新しい二度生まれ以降の私として関わってくれている様で嬉しいです。願わくば阿弥陀仏のご本願を賜り信心獲得の身となり、今生の命終わった後、再度お浄土でまた再会できることを念じて止みません。
