2022年
 先週、家にあったビニール傘をまとめて捨てました。家族の物のようです。私は不意な雨でも一度も買って使ったことがありません。お客には普通の傘をお貸ししますので、ビニール傘は全て処分しました。ビニール傘を使う人とはおそらく美的感覚が違うのでしょう。

 マスクっていつからドレスコードになったの。当店(弊社)では、当校では国や厚労省などのお役所が何と言おうと不織布マスクをお願いしております。大人も登校中の学生たちも外でも一人でも距離があっても暑いのにマスクを外しません。どうしてこんな変な国になったの?

 数字は誤魔化せるし、人は間違えたり、名利のために故意に嘘をつきます🤯真理によることのみしか本当の仕合わせの方向には進めません。

2021年
 有名な学者、医師の言葉だと場だというと信用してもらえると聞くと違うと感じます。その人本人の言っていることを信じてもらえる人でいられるような言動を常に心掛けたらそれでいいです。誰でも間違うときもあるし、特に身体の病のことは自身の感覚や第六感が何よりも重要です。

職業、役職、権威全部苦手です。これらを手放すまいと躍起になっている人は苦手です。それ以上に当てにならない権威を笠に着る人たちはもっと距離を置きたいです。自分に自信がないルサンチマンは避けたいです。人間に寄りかかると間違い、煩悩剥き出しの姿に幻滅を繰り返します。

2020年
 物心ついた時から、真理の疑いを晴らす一点を聞きたかった私にそこを話してくれる人は長いことありませんでした。だから真理を受け取ったときから、私はそのこと一つを聞きたいという人に直に話すことと、100年後でも強縁の人にわかるような文章を残すことを両方しています。

「真仮の水際」これは信心の最終段階です。ご縁の浅い人、薄い人は誹謗するか、頭だけでも理解不能です。優秀なオックスブリッジ、ハーバードの教員だろうとわかりません。わからない話は面倒なので、ご縁の深く厚い人にしか私は話しません。

 法然聖人は善導大師の残された文章で回心の体験を果たしました。浄土教の善知識といわれる中でも師匠もなく、文章や様々なご縁で真理との邂逅に値った方もあります。でも、それらの方々と一般の信者は様々な点で異なります。どうかうぬぼれは捨ててください。

「対機説法」宗教は体験が命です。回心の体験は経典にも御聖教にも書かれています。でも、求める人のご縁の範囲でしか読めません。教義を知る体験者に機毎の直伝、信心の沙汰が一番早道です。信仰段階は千差万別、文章のみの体験成就を目指すなら、書手も読手も命が足りません。

 無常の人生の内に意識があり、終息に向かって後片付けや後始末に終始している私には、華々しいスポーツや人工のショータイムなどは何の興味も持てません。洗濯をし、皿や鍋を洗い、不要物を捨てて、論文に持っている憶いを詰め込んで、後悔を残さず還ります。

 嘘をついても博打に依存してもお咎めなし、軽微な注意ですむことを国民、特に子どもたちに浸透させても平気なのは、自分たちも同じ穴の狢だからでしょうか。真摯で賭け事など必要としない生き方の手本を大人は子どもたちに示していきましょう。

 もう済んだ京都市長選の福山弁護士やこれから行われる都知事選の宇都宮弁護士の政策が実現したら生活が楽になり潤う人がたくさんいると予想されます。それなのに機械による不正開票等で妨害される可能性があるという根本的な問題をなぜ問題にしないのか私には不思議でなりません!

2019年
「ストイック?なのは生き辛いところもあります」
 私はハラスメントに滅茶苦茶弱いです。
 舌打ち、咳払い、大きな音くらいで心が大きく揺さぶられます。
 「黙れ!」と大学の教員に言われた時は周りに相談して、いろいろ対策をたてました。
 セクハラまがいなこと、未遂でも固まってしまいます。だから、セクハラに遭わないように、抱きつかれたり、キスされそうになってもすぐ逃げられるように、懇親会でもアルコールは口にしません。元々アルコールに対する肝臓機能が弱く健康や命に危険なレベルなので飲みませんが。
お酒の勢いで実際、セクハラ抱きつきやキスなどされ、胸など触られた日には(そんな怖いことを実際されたことはありません)きっと死にたくなります。親しい人や外国人ならハグは許容範囲ですが。それを男性の友達に話したらこう言われました。
 「きちんと断らないと、宴会の度にチューしなくちゃならなくなっちゃうし、ぼくも、ぼくもって行列できちゃうかも!」
 さすがにそれは絶対嫌でしょ。そんなのは無財の七施からは程遠いでしょ。
普段の日常でも、損得勘定の計算もせず、他人に悪く思われないように嫌々何かをすることもせず、今できることを楽しんでいます。
ぼんやりしていて、気が回らず、家でも、学校で率先してお茶汲みや、みんなのためにコピーしてくるようなタイプではありませんでした。きがついたら周りの人たちが全部してくださっていて、「あれ?ごめんなさい、有難う」って言っていました。
 思春期で生意気盛りの娘はハッキリ口にするタイプなので、呆れて遠慮なく言われます。
「おかあちゃま、そんなお姫さまやお嬢さまみたいでよく今まで生きて来られたね」
 泰然としていて多少のことでは動じない、気にしていないように見えても、モヤモヤは残ります。だんだんと自分が望まないことをされるのは不本意なので止めて欲しいとキッパリ言えるようになりたいです。セクハラで警察に訴えるとか脅したらと言われましたが、警察はもっと苦手だし、仏教を御話しするご縁がプツリと切れてしまうのでそれは避けたいです。
いろいろなことにおいて、私の基準と周りの基準に温度差があるとかなり疲れます。小さい時、従兄弟たちや近所の友だちに「みえこちゃん」と言われて、何も考えずに楽しく遊んでいた時みたいなのが一番いいです。
感謝していること
少し慣れるとあの人は天然な人なのだとそれなりに周りと程よいつきあいができるので、そうなれたら楽になれます。

「専精舎で先輩からいただいた一粒のチョコレート」
 後半の午後、すっごく疲れていて、もう駄目かもしれないと思っていた時、ふと見ると先輩がチョコレートを床に並べて遊んでいました。他の先輩が「子どもじゃないから誰もチョコレートに釣られて来ないし」と言っていました。私も「蟻さんじゃないしねぇ」と笑ってみていたら、「こんな冗談が好きなんですよ!食べますか?」って一つくださいました。結局私が釣られてしまっていました。(笑)
 おやつをたくさん持って参加したのですが、日程も終わりかけで、みんなに少しずつ配ってしまっていて、その時点で、お菓子は手元に残っていませんでした。私がチョコレートを食べたそうにしていたのが先輩には分かったのでしょうか。なんだかとっても嬉しくて、その日は家に戻って、おやつを調達して、次の日からまた、その先輩やみんなにお菓子を配りました。
 今回は受付係をしていました。受付の係りに限定でハーゲンダッツやオロナミンCやほかのいろいろなプレゼントをちょうだいしました。ガリガリ君を食べるのを楽しみにしていたのですが時間がなくて断念しました。残念!先輩に「ハーゲンダッツがあたりましたね♡」などと嬉しそうにつぶやいたら笑い返してくれました。
 食事はシェフが来て作ってくれていました。私は食べ物を捨てることに違和感があります。ご飯が多くて毎回、半分初めから取り分けて誰かに食べてもらっていました。あとから食事係の人が残った食事を毎回3,4人分食べ続けていたと聞いて、気の毒になりました。魚は大丈夫ですが、肉がダメな私は肉だけ初めから抜いてもらっていましたが、そのおかずがメインだと少しの野菜だけでお腹を空かせていました。途中から朝家で納豆を食べるなどしたらましになりました。
 以前、禅宗の接心に一週間ほど出た時は、精進料理でしたので何の心配もありませんでした。懇親会なども会場が焼き鳥の店だと卵焼きやサラダしか食べられないので参加を見合わせます。
感謝していること
 温かい気持ちを添えて食べ物で励ましてくださった皆様に有難く感謝いたします。
 終ってみて、先輩方が差し入れをしてくださるお気持ちがよく分かりました。私も来年からは美味しいものをお届けしようと決心しました。

 喉の調子がとってもよくないから、煙草の煙からは逃げよう、酔っ払ってハラスメントまがいな残念な光景に遭遇するのは嫌だから二度と酒の席には出ないって決めました。煙草も酒もそれらを悦ぶ人たちもおそらく私には縁がありません。精進あるのみです。