2020年5月28日
道場で苦しむだけなら稽古に精進する意味はないと思われるでしょう。でも免許皆伝ということがあります。仏教には生死出づる道、転迷開悟といった二度と苦しまない身に救われる道が説かれています。苦しいならそこを進むしかありません。それしか根本的な苦の解決はありません。
人生は食べて寝て起きて年を重ねるだけです。老化の一途を遂げるのですから、楽しさは減少するのみです。不発の花火を瞬間瞬間に打ち上げる間に、たまに線香花火くらいのがパッと燃えるくらいです。でもそれも一瞬で消えます。人生は苦しみの連続であると学ぶ道場なのです。
いま、ここで発せられるものに出合う体験こそがいのちです。文字通り過去は過ぎ去ったもの、未来は未だ来ず。生きている実感が持つには今を生きるしかありません。今は二度と戻ってこないし、将来に蓄えられもしません。
想像力、創造力、共に自身の内側を鍛錬していかないと発露は困難です。マニュアルなどの誰かの知識をそのままコインを入れて出てくるガチャポンのように繰り返すことに慣れてしまうと、オンライン講義に違和感を覚えません。
中身がスカスカであるばかりでなく、攻撃してくるものを避けて交し、佳きものを取り入れる術を妊婦さんはおなかのお子さんと共に学んでください。生まれる前からそういう意識を持つことは何よりも大切です。
美術館巡りが趣味の私は海外にも渡航できず、国内を移動することもできないことは遺憾です。汚らしいものはいくらでもありますが、美意識の合うものに目を向けることもできます。特に胎児と共にあるお母さん心がけましょう。
仏教で真理との邂逅がすんだら、苦しみが全て消えると思い違いをしている人がたくさんいます。世間的な自身が作った煩悩による苦しみは変わりません。ただ、最大の不安のもとである死ぬことへの不安や死後の行き先に全く用事がなくなるだけです。それが一番嬉しい!
