2022年
自然有機食物にうるさい人たちがなぜ治験中の謎の液体を何の疑いもなく摂取してしまうのか私はいまだに信じられません。一番身体に入れるのを吟味して熟慮しなくてはならないものでしょ。物事の表層しか見えてないか、見たくない人たちなのでしょうか。私の理解を超えています。
そういえばここ数年自動販売機で飲み物を買った記憶がありません。どうしても必要な時には事前にスーパーで買います。必要な時は値の張る高価なものも買います。調味料も多少高くても有機や安全なものを買います。でも常には本当に要るものか吟味して買います。
年に何度か水筒を忘れてしまったときしか私はペットボトルの飲み物を買いません。海外では水道水が飲めない場所では仕方なく日本の水を買っていきます。無駄遣いしないのと飲みなれた水やお茶を飲むことを気を付けています。
娘の大学の学食は今年からお茶や水のサービスが復活したそうです。浄水かどうかは定かではありません。娘は家の浄水器を通した水で沸かしたお茶を持参しています。大学だけでなく熱中症対策、脱水症対策をこれからの季節は優先させないと病人死人が出ます。
過去のこの日
米国への交換留学のために謎の液体を接種してしまった学部生に対して何とも言えない気分になりました。接種しなくていい国を選んで行ったらいいのにって心の中でつぶやいてました。
所属大学では浄水器が二か所でしか設置されていません。研究科から一番遠い体育館と隣の建物でした。食堂の水、お茶も停止して、学生は少ない仕送りの中から毎日ペットボトルの飲み物を買っています。今後暑くなり脱水症状が心配と学生センターに増設をお願いしました。
2021年
「自分の身体を信頼すること」熱が出ても、吐き気も下痢も、吹き出物までが、全て身体を元に戻す作用なのだと感じます。難しいと言われる病でも、サイン無しだと、きづかず突然死んだりします。いつも、何か病の兆しがあれば、一時は辛くても立ち止まって養生しています。
以前、フィリピンの旧札が替えられなくてで困ったことを教訓にできませんでした。旅行の時、両替したお金は使い切るのが一番ですね。ロンドンの地下鉄のカードはまた行くと思ってまだ持っています。ロンドンにもマスク無しで行ける日が一日も早く来て欲しいです。
週末は外貨の両替をしました。ユーロ、シンガポール、英国、トルコの通貨がありました。トルコ以外の紙幣は日本円に替えることが出来ました。ポンドが新札に変わったのに気づかずにいましたが、何軒かめで無事、両替してもらえました。トルコにはまた来いということかも。
テレビや大手メディアはなぜワチクンばかり宣伝するのか。広告で成り立つ報道なのだということを考えないで、鵜呑みにすることがよくない。自分の頭で考えないと。自分のいのちは自分で護るしかない。
日本の医師、研究者、政治家の皆さんにお願いします。ご自身の知っている事実を国民に伝えてください。世界の有志同様、日本でもできるはずです。地球上でデモや大規模の訴訟がいたるところで起きています。何もしないでたくさんのいのちが消えて後悔する前に事実を伝えましょう!
日本全国の高校までの学校が一斉に休みになった去年の3月から、私はこの疫病がフェイクだと確信しました。インフルエンザでも、罹患者が何人以上で学級閉鎖という扱いです。マスクを各家庭に2枚配ることで定着させる意図がとてもいやらしく利権も絡んで辟易しました。
「今回の疫病とその検査についての私見」
おはようございます。いろいろな資料を挙げましたが、そもそもコロナ自体の存在を証明する科学的論文が存在しないことが一番の問題です。
既にご存じかもしれませんが、PCR検査は防護服を着て、エアシャワーを通り、自分についているほこりや細菌などの異物を取り除いて、陰圧換気装置が整ったところで行われなければなりません。保健所、一般の医院、民間の委託検査所の多くにはこの施設は備えていないので正確な検査を行うことは難しいです。
そしてCt値の基準が世界各国統一されていないので、数値の上下で陽性者数を操作できます。理系の研究者でPCR検査を行った人は全員知っていることですが、誰も何も言わないのはとても不思議だと常々感じています。
PCR検査を止めてたら、世界は一瞬で元通りです。今回の疫病はインフルエンザよりも重病者、死者は少ないですし、さっさと法律を変え、一般の医療機関で診療できるようになれば、誰も何も困らなくなります。子どもたちもマスクを外せるし、大学も対面講義が再開できます。経済の問題で自死する人も減ります。いいことばかりです。もうこんな茶番は止めませんか!
2020年
外に出ても自粛で法話もなく、大学や図書館も閉まっていました。行きつけのファミレスは6日までテイクアウトだけでした。私はマスクをして用心しながら、外に出ていき、街の様子を感じてきます。何ができるか考えてきます。
私にはフリーランスのお仕事をしている友達が多くいます。仕事が無くて補助金の申請をしている人もいます。行きつけの食べ物屋さん、服屋さん、金券ショップがたくさんあります。3月初めから最近まで外出を控えて、久しぶりに外に出たら何軒かが店を閉めたり止めていました。
2019年
研究者名と戸籍名を使い分けていて、苗字では反応にタイムラグが発生し、対策として名前でと学校でお願いしました。「呼び捨てOK?」と聞かれ、「嫌かもと」と断ったのに歓迎会の名前のコール、昨日からはとうとうまさかの「ちゃん」付けに。新入生だし、まあいいです(笑)
「無常を今に取りつめて、苦しんでいる人なんて皆無に近いけど」
死ぬことに用事が無くなってから、御恩報謝の為に、私は真仮の水際を話すことを使命として生きています。一瞬たりとも、それを忘れたことはありません。
過去のこの日
「濁江のにごりに魚のひそむともなどかはせみの捕らで止むべき」
大石内蔵助良雄
2018年
「憑きものが落ちる」
憑き物とは自分自身の執着でしょうか?
私にはよく分かりません。
たぶん私には憑いたことがないし、憑かない気がします。
あまり欲しいものもなかったし、何に対しても淡白です。
反対に、欲望や執着の塊が感じる表情に触れただけでも、寒気がして、二度と見たくないし、そういう状況が無くなるまでは近寄りません。近くにいてもなるべく見ないように、すれ違っても足早に去ります。前を歩いていたら立ち止まり、見えなくなるのを待つか別の道を行きます。権力欲・支配力・自己顕示欲に取りつかれた人というのは顔も姿も怖いので、近くにいたらいけないと感じます。
私に対して、そういう欲をむき出しにする人でも、ほかの人との場合は、出ない、または出さない、引っ込める、引っ込んでいるという組み合わせもあるでしょう。だから、そういうような人は、自分が傷つけない人たちの組み合わせの中でていください。私も私に対して優しく棘を刺さずにいてくれる人と一緒にいることに決めたら、憑き物が落ちたように感じました。
感謝していること
怖いのは表情でもなく、粗い言葉でもなく、他人に対して敬意や謙虚さのない我欲・執着に憑かれたように感じられる人だということを知らされ、気分がとても爽快です。有難いです。身体の中で滞っていたものが出て行った気がしています。
「縁を感謝できる」
佳きもの、感謝できるものと違うと感じられる縁があります。
たぶん、そういう対象とは距離を置く必要があります。
今は、離れた方がお互いのためになるということでしょう。
縁があれば、嫌な感じにはなりません。
何か違うと感じるなら、違います。
自分以外の誰かに縁があると言われても、それは違っています。
直感を信じて、使命を果たせるように生きていくことが肝要です。
自分の人生なので、自分がこちらの道を行くと信じた道をいくしかありません。
誰かの言うことを信じて行ったとしても、もし違っていても自分が決めたのと同じです。
合わない、違うと感じたなら、潔く別の道を行くと気分が晴れます。
違うと感じるところで留まったり、無理してそのまま進んでも、どこかで変調や破綻が来ます。その時点で異常を察知したら、切り替えは早ければ早い方がいいです。
本当に縁があるのなら、いつかまた一緒に何かできることがきっとあります。そういうようになっている気がします。
感謝していること
目つき顔つき全体の雰囲気が何となくおかしいと感じる人がいたら、その直感は当たっています。出来るだけ距離を置いて避けるといいとやっとわかりました。特に、その人が他人に対して、感謝の気持ちや謙虚さがなくなっているなら、離れるしかありません。残念ですが、近づいても害があるばかりで、自損損他になります。自責の念を感じて、離れないでいると泥沼に嵌り、簡単には抜けられなくなります。本当に恐ろしく怖いことにならないうちに手放すことが最重要だと知らされました。
