今日は質問ではなくこのようなことを言われました。
迷いを抜け生死を超える体験をした人がいるなら、次は自分の番だと感じているので、喜ばしきことだと応えました。御縁が深い証拠だとも。もしそうなりたくなければ話を聞いていないのでしょうけれど、こういうように言葉で願いを口にすることは疑いの中にありながらも尊いことだと伝えました。
生死を超える体験より、煩悩を満たし、名利を求める人ばかりであるのに、話を聞きに来ています。ただ「出たい」というのは未来のことである、いまではありません。いまにもってきたら「出た」、「出ている」になります。「出たい」と言って、そうイメージしている限り永遠に出られないことになるのです。ここがポイントです。いま「出た」体験をしてください。未来ではなくいまここです。
今日はもう一つ「抽象度を上げる」ことを話しました。自身の中に創りあげた真理のイメージを壊すことです。何か形や色や匂いなどをイメージしそうになったらそれを壊し続けることが大切です。そういうものがある限りそれは相対的なものに縋ることになるのです。
何も見えない聞こえないのが真理の正体です。それでも確かにある。周りや私を通過し、透過して隅々至る所に満ちている中に私がいる感覚です。
