疫病、戦争、危ない食べ物、異常気象、汚職まみれの政治などのマスメディアの報道によって不安が増大します。本当に嫌な世の中になりました。これらは全て以前からあったものです。ただ、あまり露骨に知らされていなかっただけできっと隠れて存在していました。おそらく知らなかっただけです。太古の昔より自身の生存、名利のために醜いことが起きていたのです。

 いちいちまともに受け止めて考え始めるとやはり娑婆世界は生きているのが辛くなります。だから連休中に海外や遠方の行楽地に旅行するところ、ちょっとした心温まるニュースなども織り交ぜて報道されます。

 苦しみと楽しみの錯綜する人間の世にあって、避けられないのは我が身の死です。人生には必ず終わりがきます。不安を感じるまま、それを娯楽で気を紛らせながら、肝心な出世本懐を知らずに臨終を迎える人ばかりです。

 生死がある時点で迷っているのです。無常を感じることがなければいつまでも迷っていることを知らず無意味な生を繰り返します。いつか死ななければならないということを他人の死、自己の病や老化で私たちは予感します。生まれてきてしまった限り、病、老い、死はどうにもなりません。避けられません。病、老いを経験することなく幼い命が終わることもあります。それでもその人たちは死ぬことが、ほかの人たちより何十年か速かっただけです。

 そんな迷いの無常の命をもつ私に真理の方から、それは迷いを知らせる終わらせる学びのサインと教えられました。早く真理と一体になり、生死を超える身になるようにとずっと働きかけられ、実際に体験できました。このようなことを知っているだけでも劇的に人生は変わります。臨終に全てが流される砂上の楼閣を造って虚しく生きていた私には人生が180度変わる契機になりました。実際その体験ができたことで私の人生の目的は変わりました。このことを有縁の人たちにお伝えすることに。あとどれくらい生きられるか分かりません。でもその残された期間はこのこと一つ精進していく所存です。