2021年3月25日 

また新しい朝を迎えることができました。今日も皆さまにとって素晴らしき瞬間の積み重ねとなりますよう心よりお念じ申し上げます。私も大切な用事をいくつか予定しておりました。もうすでに一つ済ませました。朝から小鳥の明るい声が届き、素敵な出合いを予感しました。

もし明日の朝、私の目が覚めなくても世の中は何も変わらないとふと感じました。当たり前に私が存在する空間などないのでしょう。フワフワした感じで血圧を測ると普段より50位高く驚きました。もう十分だから帰っておいでと呼んでくださっているのかもしれません。

その御縁が最期かもしれないので尊敬の念のない嫌な感じだったり、敢えて言わなくてもいいこと、絶対言っちゃいけないことは言いません。反対に尋ねられたことには直ぐ返事をします。後悔はしたくありません。死人には謝れず、聞かれたことにも応えられもしません。

信心の世界は我が身に起こる体験です。それを自分の感覚で拙くても実感として伝えられない話は造花のようなものです。信用できません。自分の体験の感動が全く話されず、どこかの偉い方がこういう感じだと言われているということに終始する人の話は聞くに値しません。
 

2022年3月25日  

いま ここを生きていると何か?と自分は受け入れられないと感じることがあっても「済」として二度と関わらない学びとすることにしています。幻影の世界のフィルムが一コマ進んでお浄土まで近づいたくらいにしか感じなくなりました。


世の中に存在するハウツー本はこれをしたら上手くいくというような方便がほとんどです。実際は辛く苦しい経験の果てにもうこんな迷いの世界は二度と繰り返さないと全部手放した時に何も要らない穏やかなさとりの世界に出られるということを多くの人は知らないか認めたがりません。