2022年3月24日 
生まれたときから、この世の善悪、自分にとって都合の良い幸福などどうでもよかったです。ただ、今この瞬間ここで心の安寧が得られることだけを願ってきました。それが叶ってからずっと本当の自分自身を生きている気がします。できることを淡々と粛々とさせていただいております。

テレビのない家では疫病も紛争も何もありません。パソコンでは興味があるものだけ見られます。情報を精査し感情のスイッチも入れず淡々として生きられます。所詮娑婆世界は幻影です。実態のない映写フィルムのようなもの。それに気づいた人は迷いから抜け悟りの世界に出られます。

ただ影からそっと見護っているだけしかできないことも多々あります。私ができる仕事ではないからです。私が力になれるであろう現在のごく少数の人たちと未来の人たちのために出来ることをし文章を書いて残す仕事を粛々としてまいります。

たぶん私の生涯はこういうことをしていくのだとレールがあらかじめ決まっている気がします。粛々とその道を進むだけです。御仏の御恩報謝の真似事をご縁にまかせてさせていただくだけです。ほかは特にしたいことはありません。

関わってはならない人は自身の殻から抜けようとしない向上心のない人です。彼らは保身のためのウソや言い訳を四六時中考えています。そういう人達の感覚は私の理解を超えています。分かりません。
過去のこの日

2021年3月24日 
実験、検査、調査による数字はいくらでも手を加えることが可能です。間違っている可能性も大きいです。時代や場所が異なれば変化します。だから、真に遺さねばならない文章は真理との邂逅への体験の方向性が示されているものだけです。

大学入学以来、様々な文章を書いてきました。体験、見聞、経典や他人の文章を元にしました。自身がこれくらいでいいと決めたことをさらに超越した徳や品格に触れ、少しでも見習い身に備わるよう日々、一瞬一瞬の実践が伴っている文章が、すなわち真の文章であると信知しました。

コロナ騒動でくっきり浮かび上がってきた人の態度があります。それは嘘をつく、言い訳をする、対面を気にして他人をないがしろにする。コロナを基準として他人の狡猾さが浮き彫りになることは悪いことばかりではないです。悲しい気分になるので、キッパリ縁を切れます

2019年3月24日  
どこかにお金をもらって開催するシンポジウムやワークショップではなく、参加者が会場や通訳・手話者などを用意して、交通費や宿泊費のみでみんなが満足できるものを私は博士課程修了後に世界のあちこちでさせていただきます。