今生で私は司法試験やほかの研究のため勉強に費やす期間がほかの人より長くありました。その中で、東大、京大や有名私大出身の法律家、医師、研究者などと接する機会が多くありました。東大から海外留学、東大教授、別の大学の学長を歴任し、学士院に選出され天皇の前で講義した人もいました。高学歴の教員が受け持つ数多くの講義にも出ました。

 たしかに、何らかの知識や感銘を受けたこともありました。しかし、人生の意味、真理との邂逅がいまここでできることを直接聞いたことはありません。結局迷いの中での最高峰を目指して、この人たちは日々精進してしのぎを削っているのだと知りました。

 それで私は出身校の大学院に戻り真理との邂逅までの過程、方法論を博士論文として書く決意をしました。体験を言語に、いかに学術的な表現で論理立てて書くかを試行錯誤しています。人が本当に救われる内容、迷いの世界を出ることができることを世に出すことを急がねばなりません。

 高学歴であっても、人生の意味、行きつく先の真理を話し、書くことができなければ栓がありません。相対の迷いの世で一等賞を取った先もまた迷いを繰り返すことに多くの人はきづいていません。迷いから抜けた広大無辺な世界のあることを知りません。暗闇の中でぶつかり合い、傷つけ合い、比較して、貶めて何が楽しいのか私にはわかりません。

 偏差値、名前、評判などで多くの人たちに知られている大学を出た人たちの政策が当てにならないことはこの疫病下で思い知らされたはずです。

 一度の人生、自分にとって何が必要で、何を選び、何に向かっているのかもう一度自分自身で考える時が来ています。まだ死なない前に。