身内や親しい人が死んでも、しばらくすると、自分はすぐには死なないから大丈夫だと死を考えなくなる人が多いです。反対に死んだ人を失ったことをずっと引きずる人もいます。親しい人を失い人は必ず死ぬという事実への苦悩なのか、それを自分に引き寄せたかはわかりません。また、今現在重い病に罹ったことを検査の結果知った人、一度は治ったけれど再発して死ぬのではないかと怯える人もいます。死を自分に引き寄せて考え出すと、いままでのような進歩や成長を目指すのとは異なる生き方になります。
この先、仮に治療が上手くいっても、寛解状態であっても、死に至る病がいつ再発するかわからず、何を見ても聞いても楽しいことをしていてもよろこべません。未来にまだ経験したこともない死が必ず来るのに浮かれてはいられないのです。
そんな人たちをそのまま救う、安心していいという願いを成就されたのが阿弥陀如来です。宗教に違和感があり、阿弥陀仏が何となく信じられなければ、円満無欠な宇宙の真理の力という表現でもいいかもしれません。二度と生まれたり死んだりすることのない生死を超える身に救うという力です。その力の生起本末を疑いなく聞いたのが救われたときです。いまここで救われます。
修行は要りません。私の行いの良し悪しは関係ありません。自分がどうにかなった救われるのでもなく、信じ方がいいとか悪いとかでもありません。全てが真理の側から用意されていて、それを受け取るだけです。こちらからお金を払い、何かを差し出してその代わりに得られる境地ではありません。そのまま、ありのまま今ここの救いです。
