親や連れ合いや身内にも言えないこと、意を決し口にしたけれど自分が悪いと言われたとき人は絶望の淵を彷徨います。そんなとき誰が味方になってくれるのでしょうか。内容は幼児期の性的虐待、性的暴行を受けたこと、不倫、他人へのいじめや攻撃の加害や被害、殺人その他の犯罪行為に手を染めたことなど他人から非難され、話した相手が他言すると収監されることを心に秘めながら生きている人がいます。

 医師、心理士は金銭を媒介とする仕事として接し、場合によれば守秘義務がある場合でも社会の治安のために警察などの行政機関、精神病院に通報される可能性もあります。死ぬほど辛い心の闇を抱えている人たちは今度またそれ以上辛い体験をするくらいなら黙ったまま生き続ける決意をします。

 そんなとき今の苦しみをそのまま全部引き受けてくれる尊い真理の力があることを宗教者から聞く縁があったら、死ぬほど苦しいその人たちは救われます。こんな酷いことをされたり、したりして価値のない自分でも救われる世界があるのかと驚きます。自分はこんな心の闇があるけれども、それでも救われるのかと聞き返さずにいられません。

 宗教者が真実の教えを話すのは教を聞きたいと自分のところに来た人の苦しい気持ちをどんなに時間がかかろうと最後まで真摯な気持ちで引き受けることにあると私は長年の布教活動で知りました。もちろん尊い願いがあることをただ知りたい人にはそれを話すだけの時もあります。それぞれの気持ちに寄り添いそれに応じた寄り添い方を何千、何万回の対話によって少しずつ分かっていくのが私の御恩報謝の道です。