大学院の講義で脱アイデンティティの発表します。仏教では人間は五蘊の集りで無我と教えられます。信前は自己などないと頭で知りながら、本当の自分を探す聞法をしていました。執着する自我はあるけれど、不変的自己などないと真理との邂逅でハッキリ知らされました。
迷い(六道)からの出離、超越を抜きにして時間空間などを駆使して自分探しを続けても死ぬまで出口には辿り着きません。そんなことを続けても深みにはまるか神経障害に陥るかです。これが人間の学問の限界です。腐った脳みそをかき回しても腐った考えしか出ません。