みながみな、後生を苦にするわけではないのですね。
 私は物心ついた時から、常に死のことを考え、怖れ続けていました。
 人は生まれたからには必ず死にます。
 遠いところに住む、知らない他人の死を見聞きしても、あまり驚きませんが、身近な肉親や友人がこの世を去るとどんなにか心が寂しくなります。そして自分もやがて、このように冷たくなって焼かれていくのだと頭では分かります。しかし、しばらくすると、生きるのに必死になり、死ぬことなどすっかり忘れてしまいます。

 飛行機が離陸したら、着陸する場所がなければ安心できません。降りる場所があって飛び立ち、飛行ができます。人生も生まれて生きていても、死んでから行く先が今ハッキリしていないと、人生そのものが不安一杯で何をしても満たされません。それでも、死を誤魔化して、美味しいものを食べ、旅をし、恋をして結婚し家族を持ち過ごしているとき、若くても死ぬこともあります。

 突然でも、分かっていても親しい人がこの世を去ることで、自身の死を直視して、生死を超える教えを求められたら、その人は佳き人生の先生となります。そういう人がいなくても死が気になる人はあまりいないのかもしれません。

 なぜ、死のことばかり書くのかと問われても、それを苦にして、解決を求め、今死んでも安心満足の身に救われ、行く先がハッキリしているからとしか答えられません。
 どうか、いま、ここで救われてください。
感謝していること
 死ぬことが怖くて苦しいと感じられたことが不思議で有難いと感謝しております。