自分も必ず、絶対に死ぬときがくるのだという自覚があると、日常の些細なことはどうでもいいように感じます。どうせ臨終には何も持って行けないのです。それなら目の前にある物を十分堪能して少しでも優しい言葉を掛け合って生きようと分かってきます。

 いつまでも生きていられるという幻想から、競争し、お金や地位や名誉といったアクセサリーを取り込み飾り立てるのです。

 臨終の場面を思い浮かべてみてください。親しい人たちが周り集まってくれている自分が浄土に旅立つ別れのとき、浄土での再会を共に確信しつつ、しばしの別れだと言い合えることがどんなに心強いか。これは簡単によく分かる人には分かる、分からない人には全く分からない話です。臨終に自分が次にどこに行くか、生きている、いま、ここでハッキリ知らされることが大切なのです。それが分かれば、無駄に人間同士が傷つけ合わずに済みますし、優しく思い遣りを持った言動を続けて共に労わり感謝しながら充実した人生が送れます。

感謝していること 
 仮に今不治の病にあり、じきに死ぬとわかっても、多少の寂しさはありますが、これといった不安もなくいられるようになったことは、本当に不思議で有難いです。