「なんとなく」「きもちわるい」このもやもやが「もうむり」になったときが、私が誰かとの関係が終わるときです。「もうむり」になるまで、小出しにして、いろいろ言ってみたりしますが、言い方が控えめでわからないのかもしれません。飽和状態になったとき相手との関係を凝縮する「キーワード」が決め手となり、「やっぱりこのひととはもうむり」となります。
 
「なんとなく」「きもちわるい」目つきなどの見かけとか雰囲気とかから始まりますが、だんだんに「攻撃モード」を感じるようになり、その人の「劣等感」「怖れ」などが響いてきます。それは私にはどうすることもできない、あなたが自分できづいて何とかするしかないと分かっているのに、優柔不断な私はそのままにしてしまいがちでした。

 恥も外聞も捨てて、聴きたい、教えて欲しいと頭を下げる正攻法のやり方で私に解決を求めるなら何かしら考えもします。そうではなく、自分の欲望だけを満たし、私に甘えて、傷つることで問題から逃げる時間がその人にとって遠回りになり、勿体ないと最近は分かってきたのでさっと身を引くようにしています。これは、決して上から目線ということではありません。熟慮の上の手放しとでも表現しておきます。

 本人が真摯な態度で私と向き合う覚悟が出来たら、謙虚になっているので、威張ったり攻撃することはなくなります。それが人間同士の本来の関わりかただと私は感じます。そうなったとき、「なんとなく」も「きもちわるい」も完全に払拭されています。
 冷たいようですが、「もうむり」なことを引きずっていても、共倒れになります。お互いのためになりません。最近は、私自身スッキリしているので、それでいいのだと感じます。
感謝していること
攻撃することもされることもない、優しく穏やかな日々を送れるようになりました。きがつくと笑っています。