私は医者が苦手です。病気を診断してもらおうとも、治してもらおうともしません。死ぬ時は死にますから。たぶん、カウンセリングも必要ないです。自分以外のひとには心のうちはおそらく分らない気がします。困りごとをあるひとが決めつけて、原因が分ったようになると、恩を着せるようになりがちです。死の解決以外は本当に困っていないことに気がつきました。身心の不都合のようなものも、困ったようで困っていないので、どうでもいいのです。
きづきの話をするとき、必要であればライフヒストリーの丹念な聞取りもします。でも、ただ聞くだけ。あなたはこういうひとだとか、こういうところがよくないから考えた方がいいとは言ってきませんでした。私は辛い気持ちをただ受容しただけでした。そして「辛かったんですね」とたまに共感するだけ。私自身のことを聴かれたら、嘘や誤魔化しがないように応えました。言いたくないことはその旨を伝えました。
人間の自分は正しいという強固な思い込みを怖いとおもいながら見続け、様々なハラスメントで相手を自分の思い通りにしようとする人たちに翻弄されながら、それでも、自分の使命を再確認しながら生きてきました。
私は世間で何が正しいかなんて分りません。本当にどうでもいいのです。でも、子どもや大切な人が、私以外の人たちから責められ、酷い目に遭わないように、筋を通すことはしっかり示してきました。時に厳しく、わざと感情的になっているふりをしたりしたこともあります。でも自分の憂さを晴らしたり、スッキリするためではありませんでした。
自分がされて嫌だったことも、言いたくない気持ちを乗り超えて、言ったこともあります。それも、自分以外のひとにその人が同じことをしたら、今後、そのひとが職を失ったり、信頼されなくなったりすることを考えてのことでした。私自身は直ぐ忘れる質なので、傷つくことも気にすることもあまりありません。でも、相手は決めつけられ、恩に着せられたと思っていたとしたら、意を決して私がしたことは何なのかと悲しいです。本人が頭を打つまで放っておいてもいいし、それが今生での学びなのでしょう。でも、お節介というか、見ていられないのでしょうね。長年、仕事でもまれたことやいろいろで、結末の予想が付くので。
今死んでも、何の不安もない身になれるお話しをすること、そういうことを書くことに軸を置いてぶれずに、短い残りの人生のほとんどの時間はしていこうと存じます。世間のいろいろなことはそれを得意として、そういうのが好きな人に任せます。私は私の道を歩いていきます。もう無理をしていろいろすることもないでしょう。かなり疲れましたから。今後は私が自分の仕事だと感じることを粛々とさせていただきます。
感謝していること
真摯に一貫性を持ち今後の人生を生きていこうと決意することができて、嬉しく存じます。
きづきの話をするとき、必要であればライフヒストリーの丹念な聞取りもします。でも、ただ聞くだけ。あなたはこういうひとだとか、こういうところがよくないから考えた方がいいとは言ってきませんでした。私は辛い気持ちをただ受容しただけでした。そして「辛かったんですね」とたまに共感するだけ。私自身のことを聴かれたら、嘘や誤魔化しがないように応えました。言いたくないことはその旨を伝えました。
人間の自分は正しいという強固な思い込みを怖いとおもいながら見続け、様々なハラスメントで相手を自分の思い通りにしようとする人たちに翻弄されながら、それでも、自分の使命を再確認しながら生きてきました。
私は世間で何が正しいかなんて分りません。本当にどうでもいいのです。でも、子どもや大切な人が、私以外の人たちから責められ、酷い目に遭わないように、筋を通すことはしっかり示してきました。時に厳しく、わざと感情的になっているふりをしたりしたこともあります。でも自分の憂さを晴らしたり、スッキリするためではありませんでした。
自分がされて嫌だったことも、言いたくない気持ちを乗り超えて、言ったこともあります。それも、自分以外のひとにその人が同じことをしたら、今後、そのひとが職を失ったり、信頼されなくなったりすることを考えてのことでした。私自身は直ぐ忘れる質なので、傷つくことも気にすることもあまりありません。でも、相手は決めつけられ、恩に着せられたと思っていたとしたら、意を決して私がしたことは何なのかと悲しいです。本人が頭を打つまで放っておいてもいいし、それが今生での学びなのでしょう。でも、お節介というか、見ていられないのでしょうね。長年、仕事でもまれたことやいろいろで、結末の予想が付くので。
今死んでも、何の不安もない身になれるお話しをすること、そういうことを書くことに軸を置いてぶれずに、短い残りの人生のほとんどの時間はしていこうと存じます。世間のいろいろなことはそれを得意として、そういうのが好きな人に任せます。私は私の道を歩いていきます。もう無理をしていろいろすることもないでしょう。かなり疲れましたから。今後は私が自分の仕事だと感じることを粛々とさせていただきます。
感謝していること
真摯に一貫性を持ち今後の人生を生きていこうと決意することができて、嬉しく存じます。
