たとえどんな言動を相手がしていようと、心の奥底で信頼し合えていたら、一挙手一投足が特に気にならなくなります。さらに、相手が自分が不幸や不利になることは絶対しないという確信があるなら、全てを佳いように解釈できます。
 両親が常に我が子の身を案じ、何歳になろうと自分の子どもとして気に掛けてくれているようなこととほぼ同様に気心の知れたひとには感じることが出来ます。
 そして両親から離れたところに居ても、外国に行っても、余り逢えなくても寂しくはありますが、自分の事をずっとおもっていてくれる人の存在のお蔭で、一人でいても嬉しい気持ちでいられます。

 人間でも親や本当に心を許せる人とならこれほどまでに心安らかに生きれます。ましてや御仏との邂逅を経た後は、更に一層いつも心は安心満足でいられます。ひとはいつかはこの世を去り、死別と言うこともありますが、御仏と一緒なら、どんなことがあっても、彼のお方は見捨てず傍に寄り添ってくださり、共にお浄土への旅を一歩ずつ進めて行けるよろこびが込み上げ出来ます。

 自分自身一人でいても楽しく過ごせ、自分の欠けたところ、足りない所を埋め合わせるためではなく、誰かと関わる一番の方法は御仏など真理との邂逅を済ませることです。そうでないと、自分自身を肯定して好きになり、安心満足した人生を送るのは極めて困難だからです。

感謝していること
 学校の駐輪場の銀杏の落ち葉が前かごに入っていました。外は寒いですが心はいつもホクホクして温かいです。