どんな夫婦・親子・師弟関係も絶対的な信頼関係たりえないと心底知らされたとき、本物の救いを求めます。人間の誰かが何かして助けてくれるとか、心の内を完全に分かり合えることはないのだと分かりきったとき、自分の力に頼ることは止めざるを得なくなります。誰かの為に何かをしたいと願ってもその人が望むそのものをしてあげることは叶わないし、誰かが私に私が本当にして欲しい何かをしてくれることもできないと心から知らされた時、真理との邂逅を願わざるを得ません。


 大きさも重さも形も色も匂いもなにもない真理こそが、本当の自分を丸ごと抱えてくれて、心の奥底を理解するものなのだと分かることが人間に生まれて来た目的であり、これが達成できた人間同士はその真理を媒介として今生では分かり合うことが出来ます。これがひと同士では限界かもしれません。

 こうなれた時、初めて、お互い欠点がある完璧ではない人間同士なのだからと、欠点も含めて愛おしいと感じ合い、許し合い、それぞれ使命を一緒に果たせるようになるのでしょう。

感謝していること

 もうまいりました。降参です。このように我が身の罪悪も無常も全部そのまま、真理にうちまかせさせられたことに不思議不思議とまた有難いです。