もしも迷いから覚めることが人生で出来ないとしたら、人生はただの苦しみでしかありません。街道沿いにはたくさんの魅惑的なものが立ち並び、そこで刹那的快楽を満たします。
この街道の旅は、どの道路を選択しようと先が見えない暗闇を行く者ばかりがいるので、誰と一緒に居ようとも安心も満足もできません。道にいるほかの人とは、暗くてお互いが見えず、気持ちを共有することも分かち合うこともできず、近づくとお互いの針が刺さり血が出るし痛いので、距離を取るのですが、離れても寂しくて、どうにもこうにも不安定で傷つけ合うことしかできません。

 暗いので互いの顔も見えず何を考えているのかも理解不可能す。たとえ親子・夫婦であったとしても疑心暗鬼が募るばかりで傷つけ合います。時にはわざと道を塞ぎ邪魔するような誰かに殺されるような気がして、それならばいっそ自分が殺してしまおうかという衝動に駆られたり、反対に面倒なので自分が死んでしまおうとしますが、ほとんどの人は、さすがにそれを実行することはできず、窮屈さを抱えながら、見ないように考えないようにして又走り続けます。

 暗闇の中、どこに向かって走っているのかもわからず、魂の連れもなく、休んでいると前に進めと急き立てられ、どうにもこうにも途方に暮れるばかりです。たまに同じようにくらい「五欲道路」で立ち止まり、光を探すひとと出合えます。そういうひとたちと一緒にいると一瞬走るのを止めて、このままこの道を行ってもいいのか考えますが、迷っている者同士なので途方に暮れるばかりです。

 また、本当にごくまれに、そのひと自身が光を放ち、闇に向かっている方向と別の道を行っている姿に遭遇できることがあります。このまま走っていても暗い心を抱えて迷いを繰り返すだけだから、こちらに向かって一緒に行きませんかと誘ってくれますが、縁が熟さないとみんなが行く「五欲街道」から外れることが怖くて、その誘いを断り、またもとの道路を走ることを選択します。ただ、あのひとはこの状態を抜ける道を知っていたのかもしれないと、記憶の片隅に何かを残して。

 そうしている内に、歳を取り、肉体が衰えてきて、思う存分、五欲を満たすこともなく街道の道路の途中で行き倒れていきます。死ぬ直前に、あのとき光を放っていた人から欲を離れる方法が聞けたのではないかと後悔しますが、時すでに遅しです。こういったと営みを、迷った魂はまた別の五欲街道に姿を変えては、生まれては死ぬことを延々と繰り返すのです。

 真理の光に出合ったなら、このままでは迷いを繰り返すから、あの光る方向に向かって行こうかというひとが一人でも現れることを願って止みません。
 
感謝していること
 光溢れるところに向かって何人かと御互いの顔を見ながらゆっくりと歩いて行けることを慶びつつ、さらにお連れとご一緒できる出合いのご縁がたまにあり嬉しい限りです。