迷いを抜けるためです。
 人間の時にしか迷いを抜けることはできません。
 苦しみが重くのしかかるようなところ、楽しすぎるところでは迷いを迷いと感じられず、どうしたら抜けられるかなどとは考えられません。
 
 浄土真宗の聴聞で初めて聞いた説法は「人身受け難し」でした。
 迷いの六道で迷い続ける私たちは人間に生を受けた今、阿弥陀仏のご本願の生起本末を聞き疑いなく信じた時、この迷いのサークルから抜け出ることが出来ます。
 そもそも六道の中では、地獄・餓鬼・畜生界に生まれるものがほとんどで、人間に生まれることは有難いのだと「盲亀浮木」の譬えで聞きました。それまでの人生がかなり苛酷できつくて何度死のうと考えたかわからず、何でこんな苦しいところに産んでくれたのかと両親を恨み憎んできた人生が180度変わったのもこの時でした。

 どんなに辛くても苦しくてもこの迷いを抜けて悟りの世界に出るまで死なずに生きていようと決意した私はそれから28年聞法修行に打ち込みました。そしてやっと生死の解決ができました。迷いから覚め、いつ死んでも安心満足できる今・ここの境涯を生きることができるようになりました。

 生い立ちや成長期やその後の人生で泣くに泣かれぬほど辛いこと、苦しく悲しい別れなどを経験された方も、迷いから覚めたとき、これらの苦しみはどうしても通らなければならない方便で、必要なものだったのだと信知する時が来ることをお念じ申し上げます。
感謝していること
 生まれてこられたことに、両親に感謝しております。