清貧に徹しろというのではありません。

 その研究者のしていることが周りの人の役に立つのなら、回り回って生活に困ることは無いかもしれませんし、それでも裕福にはなれないかもしれません。

 妻子を養う余裕がなく、一生独身で過ごさなければならないかもしれません。毎日毎日本の山に埋もれ、パソコンの画面を見続ける日々をこの先、何十年も過ごすことになるかもしれません。

 ただ、それは研究者に限ったことではありません。自身の使命や目的を果たすために生きているひとは多かれ少なかれ似たような境遇にあります。私も自身の迷いを晴らし、死の解決が出来るまで40年の歳月を費やしました。たとえ、十年や二十年芽が出なくても、続けて精進すれば、脇道にそれることなく初心を貫けばきっと、何らかの手応えや成果は得られるはずです。

何回も生を経ても成し遂げられるかどうかわからない先の見えない宗教的邂逅よりは少なくとも、努力したらそれなりの結果は出るはずです。必死で課題に取り組んでいたら見てくれている人は必ずいますし、同じようなスタンスで名利の為ではなく、学問の為の学問ではないものに取り組んでいる人と出合えます。

研究を志し、大学院に進学してから私はたくさんの先生との出合いを通して今に至っています。何だろうこれはというのもありましたが、たいていは何らかの示唆や学びがありました。そして、その時その時で、自身の研究とちょうどいい先生や研究仲間と出合えるのだと私は確信しています。たまたま私の論文の主担当の先生は私にとっては日本で一番私の論文の完成に力になってくれる指導者であると尊敬の念を持ちながら、毎日の研究が続けられます。研究者としてはもちろん人として信頼しております。

それはどういうことかというと先生には「嘘」がないのです。私の問いかけに常に真っ直ぐに応えてくれます。元々T大学出身で賢くていらっしゃるのですが、講義やゼミの私や他のひとたちへの発言への素早く短い反応や次のゼミまでのメーリングリストでの補足など漏れがないのです。私が本当は大切なことではあったのですが、どうせ先生には関心がないだろうと、冗談めかした質問に、先生はその場では当たり障りのない答えをしました。でも、すぐメールで補足意見として添付の文章をアップされました。私の質問の応答が分かり易く書いてありました。「どうせ~」という考えは捨てないとならないとその時ハンマーで頭を殴られた気がしました。そうなんだ、これが大学院の講義やゼミなのだと思い出されました。

 修士の時も他大学で、定年退職後の70歳前後の先生たちは私に本当に研究者生命をかけて講義や個人のメールなどでご指導下さいました。これが学問を長年続けている人たちの学生への問いかけであり、それがそのまま、私の研究に新しい何かが生まれるように願っている教師としての態度なのだと何度も目から鱗が剥がれ落ちました。

 学会の地位や退職後の身の振り方などではなく、研究者としての在り方、自身が何を世界に貢献できるかを考え、いかに今指導している学生を自身を超える研究者として育てることができるかを定年までの残りわずかの時間を見据えていらっしゃるのがひしひしと感じられます。

 意欲や世界への貢献は持ちつつも、論文を書く技術が未熟で見当違いの論文の読み方をしてしまう私ですが、冗談めかして言ったけど、実は聞きたかったことにも真摯に応えてくださる研究者としての姿勢を私は見習おうと、コメントを出しましたが、先生のコメント同様、私のコメントの真意もほかの人には受け取ってはもらえなかったようです。打てば響くような膨大な知識や機智やお人柄らくる優しさ・ユーモアを私はとてもリスペクトしています。

 あるときK大出身の医師をしている先生の講義と重なってしまっていて、先に受講しようと約束していたので途中で抜ける旨を申し上げたら「M先生の方がいいのか?」と言われ、困っているとまた「M先生の方がいいのか?」と言われました。次の瞬間にやりとしたので、気の弱い私をからかっていたのかもしれませんが、真相は分かりません。今は亡きK大出身の医師だった大学時代からの友人T君と同じ位かそれ以上に賢く対話を楽しめる先生たちに囲まれて、本当に出身校に戻ってこられたことを心からよろこんでおります。

 私が学部時代、大学院に進学する人は稀でした。なぜなら英語の外に第二外国語の試験もあったからです。学部卒業後、子どもが中学に進学した際は、時代が変わっていて、他大学の社会人入試で、研究計画書と専門の筆記試験と面接だけで修士に合格できました。

 R大学の私の所属する研究科は若干名ではなくかなりの人数を受け入れます。博士課程の編入試験は研究計画書と面接だけです。学際的な研究も大歓迎なところなので、定年後や子育てが一段落した人たちにもっと学問の楽しさを味わっていただけたら幸いです。別に大学からは宣伝量を貰っているわけではないのであしからず。

感謝していること

明日はアカデミックライティングの講義です。カナダ人の先生が英文を添削しながら講義してくださいいます。いつも楽しみにしております。