趣味はなんですか?
こう聞かれてもさて?と考えてしまいます。
死の解決が出来ていなかった昔は何をしていても不安だったので、何に対してものめり込めないでいました。
阿弥陀仏の御本願を賜った後は、安寧の心に転じ変わり、何をしていても心がほこほこ、ほくほくしていて温かいので、特に何かに没頭する必要もありません。
中学・高校では死の恐怖を忘れるために、ひたすら外を走っていました。テニスや陸上部の厳しい練習に耐えていたのは、死の解決を見ないようにして先送りしていたのでした。
最近は、心が動く音楽を聴いて絵画を鑑賞するのは好きですが、それとて一瞬のことです。
文章は一人でも多くの人を磁石としてお浄土にお連れするために下手なのを承知で恥をかく気分で書いています。ただ何となく頭に浮かぶことがあれば書いています。好きというよりも使命で手が動く感じです。
ひとにも物にもさほど執着はありません。
誰かに幸せにしてもらおうとは思いません。今でも十分幸せです。何かものを持ってもそれは有難く感じますが、ご縁をよろこぶだけです。それらに執着することはありません。何でもすぐ忘れるようにしています。いいこともそうでないことも忘れて、お世話になった御恩は忘れないようにだけしています。
海外旅行にも何十回も行き、美味しいものも食べ、新築の家も設計して建てて住み、仕事で成果もあげ、夫や娘にも恵まれ、大学院の修士を修了し、後は博士文論を書くだけです。
今後は恩師のお手伝いをしながら、共に御恩報謝の道を歩みながらお浄土に還ります。
こんなのを遊戯三昧というらしいです。煩悩を楽しめない時もありますが、後で振り返るとそれはそれで楽しんでいたということもあります。
感謝していること
死の解決ができたことを時々思い出しては危ないところだったと安堵し、本当によかったと有難く感謝しております。
