一人一人の生命が光の中にあり、そこで永遠に護られた無量の寿命で生きていることにきづくこと。
このことが退屈に感じるのなら、それは迷いの世での煩悩を味わい尽くしていないせいかもしれません。そして自身の今生での死を遠くに追いやっているから。
人間という無常の迷いの命を持ちながら、暗い迷いの中で損した得したと言いながら大切な命を殺し合う。
こんなことを人間は昔から繰り返してきました。
もうお終いにしませんか。
光は燦々と差し込んでいるのに、見渡す限り煌々とした光で満ちた世界なのに、人間が頑なに蓋をして暗がりでもがいて、ぶつかり合い不平不満を言い、争い合っている図は言葉を発せず嘘も言わない動物世界よりも見苦しい。
せっかく迷いから抜け出すことが出来るチャンスに生まれているのに、欲の溺れ、欲が満たされないと烈火のごとく怒り、怒りを直接ぶつけられないと愚痴を言う。
それが楽しい、それが人間の本性であり、小説や物語として楽しめるのだと開き直らないでください。
だから戦争は止まないのです。
戦争は欲や怒りや愚痴そのものではありませんか。
それ以外のものがありますか?
命以上に大切なものはないのに、目先の金儲けや支配欲のために殺し合いのゲームを楽しむ。ゲームのために殺し合いの考え方を植え付け、シュミレーションの後、貧困層の若者たちにゲームをさせて、高みの見物に洒落込む。
愚かさ野蛮さ身勝手さをおかしいと声を上げる民衆は、働き蟻ですか?働き蜂ですか?
税金を上げ、非正規労働に落とし込み、休む暇なく働かせ、大学では哲学も文学も歴史も心理学も禁止し、考えなくなった先は戦争のコマですか?
今大切なことは、迷っている自身の姿を光に照らされてきづくことです。そして敵味方や自分の内側外側という考えや境界を止めて、みんな何もかもがつながっていることにきづくことです。つながっている人たちを攻撃する意味はありませんし、自分自身もまた攻撃されることになると気づくことです。
今の根本的な解決は表面的な煩悩の波を問題にするのではなく、動かないし普段は感じられない海底の無明の闇に光を届かせることです。
このことを突き詰めた宗教体験のある宗教家は知っています。そして、それをそれぞれの方法で分かりやすく人々に届ける使命があります。
まず、お互いに皆が争いを止め、共通する真理を理解し、言葉で表し、分かち合うことから始めなくてはなりません。
感謝していること
分かり合えないこともありますが、分かり合える糸口を探していくことの方が短い一生の間では有意義です。それはエキセントリックでもなく刺激もなく単調で温くて緩いものと感じられるかもしれませんが、至徳の気高い安寧の心持をもたらしてくれます。
このことが退屈に感じるのなら、それは迷いの世での煩悩を味わい尽くしていないせいかもしれません。そして自身の今生での死を遠くに追いやっているから。
人間という無常の迷いの命を持ちながら、暗い迷いの中で損した得したと言いながら大切な命を殺し合う。
こんなことを人間は昔から繰り返してきました。
もうお終いにしませんか。
光は燦々と差し込んでいるのに、見渡す限り煌々とした光で満ちた世界なのに、人間が頑なに蓋をして暗がりでもがいて、ぶつかり合い不平不満を言い、争い合っている図は言葉を発せず嘘も言わない動物世界よりも見苦しい。
せっかく迷いから抜け出すことが出来るチャンスに生まれているのに、欲の溺れ、欲が満たされないと烈火のごとく怒り、怒りを直接ぶつけられないと愚痴を言う。
それが楽しい、それが人間の本性であり、小説や物語として楽しめるのだと開き直らないでください。
だから戦争は止まないのです。
戦争は欲や怒りや愚痴そのものではありませんか。
それ以外のものがありますか?
命以上に大切なものはないのに、目先の金儲けや支配欲のために殺し合いのゲームを楽しむ。ゲームのために殺し合いの考え方を植え付け、シュミレーションの後、貧困層の若者たちにゲームをさせて、高みの見物に洒落込む。
愚かさ野蛮さ身勝手さをおかしいと声を上げる民衆は、働き蟻ですか?働き蜂ですか?
税金を上げ、非正規労働に落とし込み、休む暇なく働かせ、大学では哲学も文学も歴史も心理学も禁止し、考えなくなった先は戦争のコマですか?
今大切なことは、迷っている自身の姿を光に照らされてきづくことです。そして敵味方や自分の内側外側という考えや境界を止めて、みんな何もかもがつながっていることにきづくことです。つながっている人たちを攻撃する意味はありませんし、自分自身もまた攻撃されることになると気づくことです。
今の根本的な解決は表面的な煩悩の波を問題にするのではなく、動かないし普段は感じられない海底の無明の闇に光を届かせることです。
このことを突き詰めた宗教体験のある宗教家は知っています。そして、それをそれぞれの方法で分かりやすく人々に届ける使命があります。
まず、お互いに皆が争いを止め、共通する真理を理解し、言葉で表し、分かち合うことから始めなくてはなりません。
感謝していること
分かり合えないこともありますが、分かり合える糸口を探していくことの方が短い一生の間では有意義です。それはエキセントリックでもなく刺激もなく単調で温くて緩いものと感じられるかもしれませんが、至徳の気高い安寧の心持をもたらしてくれます。
