是非も邪正も全くもって、私には分かりません。
 ただ真理との邂逅の後は心が円満で調和する状態が続いて、いつも温かく満ち足りていて、将来に対する何の不安もありません。
 酔っぱらった状態から徐々に醒めつつあり、いろいろなものがさらによく見えるようになりました。
 見えすぎるくらい見えてしまっていますが、縁のある人としか関わっちゃいけないのだとも自戒しています。
 縁のない人は所詮一時の何かのイベントのようなものを共にするくらいで、それが過ぎるとそれぞれの場所に戻るだけです。それでいいのだと感じます。合わないのに無理することはないでしょう。

 特に合わない・苦手な人は、何が正しいといつも正当性の根拠を出せという人たちです。
 その人たちも彼らの人生で獲た地位や名誉や金などの自信満々の根拠を持っているのでしょうが、
 「それが何?」って思っちゃいます。
 所詮人間が決めた価値観や金の力でしょ?
 そんなものでは他人の心は動かせません。
 ただやっぱりめんどくさい奴らだとしかと感じられません。
 
 そもそも、正しいかそうでないかは二者択一です。どちらかが正しければ、もう一方は間違いです。勝敗を付ける世界です。当然上下関係が出来ます。
 別にどっちが正しくてもそうでなくても、どっちが上でも下でもいいじゃん!
 どちらがその人には真理の邂逅に近づける要因になるかで決めたらいい!
 同じくらいなら優しくて楽しい方がいいでしょ。
 このように感じます。

 どうせ人間の世の中などひと時の夢幻です。そんな者の中で優劣を競ったり、自尊心の為に他人を傷つけて勝った偉いと自惚れてみても何もなりません。
 人間としての誇りをもって生きられて、周りと優しい楽しいなおかつ緩い関係が持てたらそれだけでいいと私は感じます。

 自分で有ることに誇りを持ち、自分が出来ることは自分でする。誰かが困っていたら助ける。どうしても自分で出来ないことは頭を下げてお願いする。していただいたら感謝する。制限のある有限な人間の人生の辛く悲しいその中で、嬉しいことを見つけて笑って暮らす。
 世間的に才能もない頭の弱い誇れるものを持っていない私にはこんなことしか考えられません。
感謝していること
 後期の授業も終わりかけています。本当に先生方にはお世話になったと有難く感謝しております。