何も食べなくても、飲まなくても生きていられるなら別に口に入れたいとも感じません。
 海外に行く目的も昔は絵画など美術品や風景など綺麗なものを見に行くことでしたが、今は真理を知りたい人たちに現地で話がしたいだけです。英語で分かるならと思って研鑽しています。
 昔から人に褒められるより、仏さまだけが知っていて下さればそれで満足でしたが、今は何もかもご存知だと分かったので意識しないでいろいろ自由にできています。
 
 病気になったら高額の治療などしないで、枯れるように還ります。
 お金も宝石も大きな家も車も何もかも特に欲しいとも思いません。
 自分に相応しいものが今ここにあり、ちょうどいい人たちが周りにいてくれて助けてくれます。
 先生や友達がたくさんのことを教えてくれています。
 本当に恵まれすぎるくらい恵まれています。
 いつだって、どこにいても、ずっと前から、私は御仏という形の真理と共にあり、護られ続けてきていたのです。それが心底知らされてからどんどん何もいらなくなってきています。

  一杯賜ったものは、お世話になったみなさまに還元しなければならないと感じます。
  何も持たなかったときは、そんなことは考えませんでしたが、頂いたものを独り占めしていたのでは勿体ないし、申し訳ない。
  ただそれだけで、御仏の願いを投稿し、有縁の方々にお話ししています。
  余りにも嬉しくて、有難くて、だから誰に言われなくてもよろこんでさせていただきます。心理学も哲学も英語も文学も経済学も教育学も仕事でした商いなども全て真理をお話しすることに役に立っている気がします。

 悩みがあるとしたなら、迷っているのにそれに気がつかず火宅の家や、薄氷の上を歩いて、又は活火山の上で踊っている人たちがどうしたら真理の方に目を向けるのかということです。真理をお話ししても、徳のない私の話など聞かれるはずがないし嫌われるだけです。
 静かに南の島かどこかで余生を何もせず、御仏のお名前を称えて暮らすことが出来るような、割り切れる性分だったらよかったのかもしれませんね。
感謝していること
 特に何か欲しいこともないけれど、不安が全くなくて満ち足りています。