最近気がついたことがあります。
 研究者は研究して「○○(人名)についての考察」などといった論文を書きますが、いつの間にかその研究している対象の人たちと自分の考えとが一緒くたになってしまうことです。
 誰かとその内容について話しているとき、研究の対象者本人はこう言っていたというのですが、
「ではあなたはどうお考えであり、どう感じているのですか」と問い返されるととっさに出てこない。
 本当に分かり切っていないと相手を納得させられません。
 別の人はこう言っているということを言われる方もありますが、それはその方のお考えではないでしょう。
 自分の考えを持っていないからなのか、研究者対象者と全く考えが一緒なのか、それを優しく噛み砕いて言うとどういうことなのか。違う角度、切り口からその人自身の言葉で説明するとどうなのかということまで、いくらでも自由自在にきっちり語れる人はなかなかいません。
 
 また、少しでも、違ったところがあるとしたら、どこがどう違っているのか、それを説明できないとなりません。
 研究とはそういう奥深い物であり、自分の言葉で説明できないのであれば、それは紹介に毛が生えた程度のことになってしまうのではないでしょうか。

 紹介することと、その研究によって自身が何か獲たこと、そして身を以て信知させらされ血肉としたことを付け加えて、膨張させ広がりを持たせてよりよく分かりやすく改善し、人さまに知らしめていくのが研究の目的なのかと最近考えます。
感謝していること
 ある保険の満期が来るので別の保険に掛け変えることにしました。お休みなのに保険会社の人が大阪から我が家まで来て下さいました。寒い中おいでくださり、有難く感謝しております。